八月三日、午前七時三十分。 江崎(えざき)からメールを受け、白倉新(はくら あらた)は、冥空裏界……大正十二年界へと、赴いた。 救世心(くぜ しん)からのメールでは、何か、重大な事態が出来(しゅったい)したという。 勾玉が組み合わさり、それが太極図となった。そして彼は、本来の力だけでなく、その場にいた神室天夢(かむろ あむ)の持つ力も、あわせて使うことができたらしい。 それが、彼だけに起きることなのか、もっといえば、その時だけ起きたスペシャリゼーション……限定事項だったのか。これは、推移を見守る必要がある。もし恒久的、あるいは、何らかの条件を満たすことで起こせることならば、大きな戦力となるが、一時的なものである怖れもある。安易な期待は出来ない。 そして、もう一つ。 白い方……髪の長い方の女がたたき割ったという、何らかの像。救世心は、そのことに大きな脅威……彼は率直に「とんでもないこと」だと、記していたそうだが……を感じたらしい。新は、「それ」に対して、胸騒ぎを覚え、ここへ来たのだ。 こちらでは、八月二十四日の、午後四時だった。 すでに、割れた破片等は、撤去してあったが、彼女は、ある程度、それを探る術(すべ)を持っている。 白倉神道には、いくつもの秘伝の霊図があるが、その中に「八卦八陣図」というものがある。これは、正式名称ではなく、漏洩することを前提にした、対外的に伝えられる名だ。大雑把に説明すると。 まず直径三十センチ程度の正円があり、その内周に接するように、八芒星がある。さらにその内側にも正円があり、その内周に接するようにまた八芒星がある。中の八芒星の「角」には、それぞれ秘伝の咒図がシンボライズされた、記号のようなものがあった。 これは、それぞれが東西南北、東北・東南・西南・西北の八方位を表すと同時に、八つの時間を表していた。すなわち。 因縁。何らかの事態の、そもそもの原因を探る。 過去。因縁を元にして、どのような過去があったのかを探る。 現在。今現在の事態が、「過去」のどのような影響の元にあるのかを探る。 進行現在。このまま行くと、どのように推移しようとしているのかを見る。 近未然。いわゆる近未来。推移した先で起こりうることを見る。 未然。近未然が展開した結果、もっとも起こりうることを見る。 終結。最終的な結果を見る。 終結後因縁。終結後の結果が、新たな因縁となるかどうかを見る。 このうち、今の新で見ることができるのは、「過去」の内、時間的に近い(せいぜい十日ほど)モノ、「現在」「進行現在」の内、時間的に近いモノ(これも十日ほど)だ。師である母なら、「因縁」まで見ることが可能だが、実は、その「因縁」も、干支一巡り、いっても二巡りが限界だという。 実は、魔災が明らかになった折、当時の師母、及び大師母がこの霊図を使って、その因縁を明かそうとしたらしいが、干支一巡や二巡どころの話ではなかったらしい。なのでその当時は、帝都浄魔警察隊……浄警結成時にまで遡るのではないか、という話になったそうだ。だが、確定ではないため、これについては白倉家でのみ伝えられており、帝浄連の正式な記録には残されていない。 その場に片膝立ちになり、新は、念を懲らす。残念ながら、顕空現界の物は、ここ大正十二年界には、持ち込むことが出来ない。すべて、念によって、構築する必要がある。だが、それにもメリットがある。例えば、大光世。現実では、あれは太刀だ。だが、いくつもの呪術を施し、実際に咒字等を刻み込んで、スペックアップさせた。その結果、こちらでは、変形させて、弓として使うこともできるようになった。 イメージで八卦八陣図を出現させる。 道行く人が、怪訝そうに新を見ているのがわかった。何人かの婦女子は、新が「福子小夜」だと気づき、遠巻きにしながらも、こちらを注視しているのが感じられるが、今はそれに応じている余裕はない。事を終えて、まだそこにいるようなら、挨拶しよう、と思いながら、陣の構築、及び、その力の解放に念を集中する。 やがて、新の霊眼、そして脳裏のビジョンにある光景が映し出される。 白い着物の女が、黒い着物の女から何かを受け取り、それを地に叩きつけた。 もう少し遡る。 黒い着物の女が、ディザイアから、何かを受け取る。 もう少し遡る。 ディザイアが、何かを女たちに捧げる。 それを「凝視」した。 何であるか、それをじっくりとチェックした。 「……なるほど。じゃあ、奴は……」 「そのもの」が「何」であるか。そのことの意味に思いをはせたとき、新は魔修羅大公の正体に確信を持った。 「陣の念」の痕跡を消し、立ち上がる。 様々に思いを巡らせる。 やがて、一つの「結論」が、導き出された。
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