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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第162回   漆の十九
 冥空へ行ってみると、八月二十三日だった。顕空では、八月二日の午後十一時五十分頃。
 で、夜の十時四十分だったんだよね。鞍橋材木の居間で、新聞で日付と時間を確認した僕は、間借りしている部屋へ戻ろうとした。その時だった。
「……!」
 なんか、異様な気配がある。
 なんだろう、落ち着かない。胸騒ぎとか、焦燥感とか、そういうものが全身を駆け巡ってる。なんか、ヤバい空気だ。
 僕は、誰にも見られないようにして、通用口から外へ出た。空を見上げる。
 満月だった。
 ……あれ?
 八月三十一日って、満月だったよね? まさか!
 僕はいったん、建物に戻る。人の声もするし、姿も見た。声もかけられた。
 で、日付は八月二十三日、時刻は午後十一時。
 外を見ると、満月。
 そうか、今まで見たことなかったけど、ここじゃあ、毎晩、満月なんだ。
 でも、この異様な気配はなにかある。僕は、気配の漂ってくる方へ、駆け出した。
 三十一日の夜みたいに、身体能力が異常に上がっているのがわかる。
 しばらく走ったときだった。場所は、よくわからない。途中、「篠谷屋」っていう看板が見えたから、缶田のあたりか。いや、「熊野縫製」っていう文字も見えたような気がしたから、新宿かな? もう、地理的なものが、さっぱりわからなくなってきた。
 不意に、尖った空気のようなものが、地面に突き刺さるのを感じた。そっちを見ると。
「……白黒!」
 白い着物を着た女、黒い着物を着た女が、空から舞い降りたところだった。その前に、あの大石、って男がいる。僕からは、十メートルほど離れたところだろうか? あたりには、色んな建物がある。商店街って雰囲気のところだ。
 大石が言うのが聞こえた。
「タイコウゴウ様、タイコウヒ様、お望みのもの、手に入れました!」
 大石が、手にしたものを、白黒に差し出す。遠いから、よくわからない。なにかの「像」らしいのがわかる。
「ご苦労」と、黒い着物の女が受け取る。僕はそれを見た瞬間、言いようのない不安に駆られた。
 あれを、あいつらに渡しちゃいけない!
 直感的にそう思った僕は、駆け出した。
 白黒は、しばらくそれを見ていたけど。
 白い方がそれを手に取り、いきなりそれを地面に叩きつけた! ガラスが割れるような高い音がして、「それ」が粉々に砕け散る。
 何らかの「像」を地に叩きつけただけなのに、その衝撃波は、僕を軽く七、八メートル吹き飛ばした。
 転がった僕が起き上がったとき、女たちの哄笑が聞こえた。それには、タガが外れたような調子があって、それが一層、僕の不安を煽る。
 白い方が言った。
「アッハハハハハハハハハ! これでよい! これでよい! これで、『ここ』も終い(しまい)じゃ!」
 そして、僕の方を見て、二人の女はまた声を立てて嘲笑すると、かき消すように姿を消した。


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