八月一日、火曜日。約束の午後三時に、江崎副頭から話のあった、清掃員派遣会社「C−members」に行って、話を聞いた。 会議室みたいな部屋に通されて、そこで、営業主任の尾田(おだ)さんっていう人に会って。 「いやあ、君が江崎さんから、紹介のあった、救世くんだね? 私、昔、あの人が刑事だった頃に、お世話になったんですよ」 四十歳代の男性、尾田さんが、笑顔で言った。そうか、副頭って、昔、刑事さんだったんだ。 「それに、帝星建設の鈴田課長とも、お知り合いなんだって? なんか、鈴田課長からも、『アルバイトとして使ってやって欲しい』みたいな連絡があったそうでねえ」 鈴田課長? ああ、貴織さんの知り合いの人、鈴田さん、っていったっけ。その「鈴田課長」っていう人からも、紹介があったのか。いったい、どんな呪術を使ったんだろう? もしかして、その呪術、白倉さんが仕掛けたんだろうか? だとしたら、頷けるなあ、あの人、メチャクチャだもの。 不意に、尾田さんが、真面目な顔になって、僕に顔を寄せて言った。 「鈴田課長のお知り合い、ってことだから、君には自覚がないかも知れないけど。帝星建設って、うちの最大の取引先だから! あそこと契約切られたら、うち、潰れるから! ていうか、今、実質的にうちの営業利益の半分は、あそこなんだから!」 ……必死さが伝わってくる。これは、気合い入れて仕事しないといけない。大丈夫かなあ、調査とかあるのに? 「じゃあ、本格的な研修は明日からにして、とりあえず、君の教育係を紹介するよ」 そう言って、室内電話で、誰かを呼んだ。 しばらくして入ってきたのは、僕より、五歳ぐらい、年上の、若い女性。赤茶けたボブカットで、人なつこい笑顔が印象的な人だ。 「紹介しよう」 と、尾田さんが言った。 「衛生管理事業部、管理一課、衛生管理員の、生田多愛(いくた たえ)さんだ。じゃあ、あとは、彼女に聞いてよ」 と、尾田さんは部屋を出た。 僕は、生田さんを見て、言った。 「救世です。よろしくお願いします」 「生田です。みんなからは『たえちゃん』って呼ばれてるから、それでいいよ」 「いや、先輩に『ちゃん』は、まずいですよ。……衛生管理員、って、そういう役職って、すごいですね」 見た目、僕より五つぐらい年上っぽいから、まだ、二十三、四歳ぐらいだと思う。 「ハッハッハッハッ。それって、言葉のトリックに引っかかってるよ、君」 「え?」 「よそさんは知らないけど、うちでは、現場のお掃除屋さんは、みんな『衛生管理員』って名前がつくの。実質的には下っ端なのよ」 「ああ、そうなんですか」 よくわからないけど、いろいろなんだなあ。
その夜、爺ちゃんがやってきた。僕が住んでるアパートじゃあ、狭くて逗留できないから、伊風にあるホテルにしばらく身を置くってことだった。 体錬は、明日からにして、って言って、爺ちゃんはB四サイズの、一枚の紙を、壁に貼りつけた。 「信」って、墨で大書してある。 「心、よいか? お前が一番にすることは、『信の一字を、打ち立てる』ことだ。よいな?」 「いや、よいか、も何も、意味不明すぎて、訳わかんないんだけど?」 「そのうち、わかる」 いや、意味不明だから。
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