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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第16回   壱の十四
 顕空では七月五日の水曜日、午前一時だったんだ。
 でも、僕が行ってみると、冥空裏界では八月二十三日の木曜日の、昼だった。随分、時間が動いてる。現実では四日程度過ぎてるのに、大正十二年界では、十日経過、か。
「今、ここには、ちょっと変なのが、うろついている。禍津邪妄かも知れんなあ」
 帝都文明亭で昼飯を、と思って行ってみると、一足先に来てた浅黄さんが言った。
「変なの? なんですか、それ?」
 例によって、僕は書生姿、浅黃さんはスーツ姿だ。浅黄さんは、こっちではお役所勤めらしい。顕空現界……現実でも、上石津市役所勤務だ。
「俺がこっちに来て、今日で三日目になるんだが」
 もちろん、冥空裏界での時間経過だ。
「まず、三日前、米屋でこんなことがあった」
 お米屋さんに、風体(ふうてい)のいい紳士が現れ、お米を一袋、買っていったそうだ。その時、相手が出したのは、一円札。お米は五十銭だったので、お釣りが五十銭。そして、その夜、収支を確認してみると、その日の唯一の一円札に、どうも違和感がある。そこで手持ちの一円札と比べてみて、ニセ札だっていうのがわかった。つまり、お米とお釣りの五十銭をだまし取られた、ということ。
 これを、「贋幣(がんぺい)詐欺」、または「ペーパー師」というそうだ。
「あと、若い娘が結婚をエサに、寸借程度ではあるんだが、お金を取られた、なんてことがあったらしい。それから」
 と、浅黄さんは、一枚のチラシを出す。「神へのご奉仕」とか「天のご利益」とかいった文字が躍ってる。
「『天空(てんくう)化神(けしん)教』っていう、妙な団体が『発生』」している。『半年前から、活動している』ってことになっているらしい。多くの人間が入信しているが、実質は信者から金品を巻き上げる、詐欺集団らしい」
 そして、いずれの件に関しても、奇妙な、静電気ににも似た感覚があるそうだ。これは、禍津邪妄なんかが絡んでいるとき、特有の感覚だという。
「ちょっと、探りを入れる必要があるな」
 浅黄さんがそう言ったとき、大将の宇多木さんが、浅黄さんの注文したライスカレーを持ってきた。一緒に、チシャ菜の盛り付けがある。それをみた浅黄さんが言った。
「あれ? 大将、俺、チシャ菜なんて、頼んでないけど?」
 宇多木さんが、いつものように人なつこい笑顔で言った。
「お馴染みさんだからねえ。おまけだよ」
「そうっすか。有り難うございます!」
 と、浅黄さんが笑顔になる。
「あとは、これでサウザンアイランドドレッシングがあれば、最高なんだけどなあ」
 宇多木さんが首を傾げた。
「さうざん……。浅黄の旦那、なんです、そりゃあ?」
「ん? マヨネーズとケチャップと、オイルと、レモン汁とを混ぜて。あと、ピクルスとか、タマネギを刻んだものとか……」
 その瞬間、静電気みたいなものが、周囲を走り回ったのが、僕にもわかった。
「あ、やべ!」
 浅黄さんが慌てて、口を押さえたとき、店の厨房から出てきたばかりの紫雲英ちゃん(臙脂色の着物姿だ)が、飛び出してきて、目を剥いて言った。
「なに、言っちゃってくれてンスか、浅黄さん!? 大正十二年の日本じゃ、サウザンドアイランズドレッシングは、まだメジャーなものじゃないッスよ!!」
 気がつくと、宇多木さんは厨房に引っ込むところだった。なんか、ブツブツ言ってる。
 それを見ながら、紫雲英ちゃんが溜息交じりに言った。
「これで、明日から、サラダにサウザンドアイランズドレッシングがかかるのは、決定ッス……」
 申し訳なさそうな表情で、浅黄さんが僕に言った。
「ここのメニューにオムライスがあるんだが。あれ、俺がうっかり口を滑らせてオーダーしたせいなんだ。オムライスが登場するのは、もうちょっと先、大正十四年頃らしいんだよ」
「え? そうなんですか?」
 ちょっとびっくりして、僕は聞いた。
「でも、そのぐらい、どうってことないんじゃ……」
 その言葉に、紫雲英ちゃんが、真面目な表情で言った。
「小さな変化が積み重なって、大正十二年界が、本来の大正十二年と大きくズレると、こっちでの関東大震災の発生時期とか、震源が変わる怖れがあるンス。そうなると、魔災の種や根っこを、掴みづらくなるそうなんスよ」
 どうやら、ここでの言動には、細心の注意を払わないとならないようだ。


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