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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第156回   漆の十三
 思わずのけぞり、僕は沢子さんを抱えて、走り出した。そして、六、七メートルほど間合いをとる。すると、奴が近づいて来て。でもまだ、間合いがあった。なのに、また、風を切る音がして、やつの拳が飛んできた。一瞬だけど、やつは握り拳じゃなく、五指を伸ばしていたのが見えた。いわゆる「地獄突き」の形だ。武術においては「貫手(ぬきて)」と呼ばれている。
 その手が、僕の左の頬をかすめる。
 生温かいものが流れるのを感じながら、僕は、そこから、バックステップを踏む。すると、風を切る音ともにガウルの姿が消える。殺気を感じ、身をかがめると。風が唸り、僕の頭上を奴の手が通っていった。
 一瞬の間に、やつは、僕の背後に回り込んだらしい。
 沢子さんを抱えたままじゃ、不利だ。多分、奴の狙いは、僕。だから、その場に沢子さんを座らせ、僕は横飛びに跳ぶ。すると、行った先に、奴の腕が伸びる。間合いが異常に長い。
「……そうか。奴はカッパだったな」
 伝承では、一部のカッパは、片腕が体内に引っ込み、その分、もう片方の腕が伸びるという。見た感じ、奴の腕の長さは二メートル。指の長さも考えたら、四メートルぐらいに、腕が伸びると考えていい。しかもさっきの俊敏な動きから考えると、こいつの攻撃は、事実上、四方八方から、と、考えた方がいい。
 僕は神経を研ぎ澄ませた。風が唸る。僕は、その方へ、咄嗟に手刀を打つ。硬質な何か当たる。痛かった。
 見ると、ガウルがいる。舌打ちしたような音を立てると、奴が跳んだ。振り仰ぐと、奴の腕が落ちてくる。それを受け流し、落ちてきた腕を絡め取り、僕は気合いもろとも、奴を振り回した。
 でも、そこまではできなくて、奴は着地し、そのまま、ダッシュして、……つまり腕を縮めながら、僕に向かってきた。
 ほとんど反射的な動きで、身を沈め、柔道の巴投げの要領で、奴の腹部に右脚の爪先を撃ち込む。
 でも、ほとんどダメージにはならず、そのまま、奴は僕の腕をふりほどき、身をひねって、着地した。
「すごいです、救世さん!!」
 天夢ちゃんの、そんな声が聞こえたけど、何がすごいのか、わからない。
 奴がいったん、僕と間合いを取った。その時、天夢ちゃんが僕のそばに来た。
「救世さん、あたしが隙を作ります!」
「え? 隙って?」
「理由はわかりませんけど、勾玉が現れません。でも、きっと、現れます! それまで、奴の気を引いておかないと!」
「気を引く、って、どうして、それに、どうやって?」
「奴を逃がすわけにはいかないし、ムラマサが来る可能性もあります! 気を引く方法は……」
 と、天夢ちゃんが周囲を見渡す。そして、誰かが放り捨てていった、カゴを見た。お昼時だったから、お昼ご飯の材料らしきものが、いろいろ転げ出ていた。
 天夢ちゃんがそのカゴに駆け寄り、そこから緑色の何かを拾う。
「カッパといったら、キュウリです!」
 拾ったキュウリを、天夢ちゃんが自分の懐に差し込んだとき、風が唸って、奴の腕が天夢ちゃんに伸びるのが見えた。
 小さく悲鳴を上げて、天夢ちゃんが胸元を押さえる。
 キュウリをかじりながら、カッパが言った。
『最近の小娘は、発育がいいなあ』
 異様に長い指を、器用に動かしながら、下卑た笑い声を立てて。
 ほっぺたを赤くした天夢ちゃんに、奴の長い指。
 ……手癖の、相当、悪い奴。
 僕が怒りを覚え、拳を構えたとき、また、風が唸る。奴の姿が消えた。と思ったら。
「救世さん!!」
 天夢ちゃんのそんな甲高い声がした。
 振り返ると、天夢ちゃんが、奴の一撃を受けて、こちらに飛んでくるところだった。
「天夢ちゃん!!」
 奴の一撃で、こっちにふっとばされてきた天夢ちゃんを抱き留める。多分、奴が僕の背後に回り込み、一撃を食らわせようとしたところを、天夢ちゃんが盾になってくれたんだろう。
「天夢ちゃん、天夢ちゃん!!」
 声をかけてみるけど、天夢ちゃんは気を失ったままだ。
 僕は奴を睨んだ。
 勾玉さえ、降りてくれば……!
 奴がいやらしい笑いを顔に貼りつけているのを見ると、怒りが湧いてくる。
 その時、僕の目の前に、金と銀、二つの勾玉が現れた。そして、銀の方が丸い部分を下にして、金の勾玉とくっつく。
 その形は、まさに「太極図」だった。
 これは、僕に二つの力を使え、っていうことだろうか……?
 僕が勾玉に手を伸ばしたとき、ガウルがどこかへ姿を消した。
 そして、勾玉も消えた。


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