一段落したとき、僕はちょっと聞いてみた。 「ねえ、沢子さん。今、そこの『篠谷屋』っていう、骨董屋さんから出てきたよね?」 「え? ええ」 「骨董の趣味でもあるの?」 「まさかぁ」 と、沢子さんはケラケラ笑う。 「私、そんな枯れた嗜好(しこう)なんて、持ってませんよう! ここには、私と同郷の人がお世話になってるんです」 「同郷の人?」 僕の問いに頷いて、沢子さんは言った。 「私、山口の片田舎から出てきたんですけど、上京して再会して、お世話になってた人がいるんです。下田薫子(しもだ かおるこ)さんっていって、私より十(とお)ほど、年上で」 「しもだかおるこ……」 聞いたような気がする。誰だったっけ? 「それで、以前から篠谷屋さんの制服を考えて欲しい、みたいなことを言われてたんで、その相談に」 「そうなんだ」 うっすら、思い出した。イシュタムのディザイアの時に、自殺させられた、カフェの女給だった人だ。彼女も、顕空の人との縁が変わったのか。 「それが、何か?」 首を傾げた沢子さんに、聞いていいかどうか、わからないけど。でも、一応、僕は聞いてみた。 「噂に聞いたけど、骨董屋さんばかりを狙ってる、泥棒がいるんだって?」 天夢ちゃんが、僕を見上げる。ちょっとだけ、頷いて、天夢ちゃんも言った。 「あたしも誰かから聞いたんですけど、何も盗まれていないんですって?」 まだ禍津邪妄とか、ディザイアとかが絡んでいるかどうか、わからないから、千宝寺さんは報告書には書かなかった。もしかしたら、メールとかで、副頭に連絡している可能性はあるけど、現時点では、調査するほどじゃないかも知れない。でも、浅黄さんも同じ事件が立て続けに起こるのは、普通じゃないって言ってたし。 だから、僕は聞いてみたんだ、念のために。 「そうですねえ……。薫子さんも、そんな話してましたねえ、そういえば。『うちも、泥棒に入られたらこわい』って言ってましたから、こちらは、まだ泥棒に入られてないんじゃないか、と」 と、篠谷屋さんの方に、振り返る。つられて僕たちもそちらを見る。紺色の着物姿の男の人が、店の前にいた。年齢は、五十代半ば。身長は低め。で。 「……?」 なんか、違和感があるな、あの人? うまく言葉に出来ないけど。 「どうかしましたか、救世さん?」 僕が、ぼうっとしているように見えたんだろう、天夢ちゃんが怪訝そうな表情で僕を見上げる。 「ああ。あの人なんだけどね」 と、僕は、何をするでもなく、ただ店の前に立っていて、中をうかがっている男を見る。 「なにか、変な感じがするんだ」 「変な?」 「うん」 と、僕は沢子さんが僕たちから離れて、その男の方へ行ったのを確認してから、言った。
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