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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第153回   漆の十
 そんなことを話していたら、沢子さんがこっちに気づいて、笑顔になり、歩いて来た。
「こんにちは。……心さんも、隅に置けませんねえ」
 そう言って、意味ありげな笑みを浮かべる。
 なんか、気まずい。この間、天夢ちゃんと、ああいう話をしたばかりだから、深く掘り下げると、いろいろとややこしいことになりかねない。
「いやあ、そういうんじゃあ。……ところで、沢子さん、そんな格好していたら、人にいろいろと言われたりしない?」
 この間、借りてきた史料本で見る限り、膝上丈のスカートなんて、まず「風俗壊乱」の誹りを受ける格好だ。
 沢子さんは、まるで「我が意を得たり」みたいな勝ち気な表情になって、言った。
「それがなんだというのですかッ!? これからは、女性もドンドン社会に出るべきなんですッ!! 明治のご一新で、ようやく世の風潮が自由になってきたのに、女性の地位はそれに逆行するが如き、低きものッ!! この間、人に聞いたのですけれど、この十年かそこらで、職業婦人の数が、グッと減っているのですよ!? ある方のお話では、十年前には、三軒に二軒が職業婦人だったのに、今は、三軒に一軒! 結婚したら、女は家に収まる。こんな古い考えじゃあ、我が国は外国に負けてしまいます! それに、このままじゃあ、女性が社会的地位を得(う)るのは、不可能事! 心さん、どう思われますかッ!?」
 一気にまくし立てられ、僕はすっかりたじろいでしまった。で、答えられないでいると、鼻息荒く、沢子さんは続けた。
「だからこそ、だからこそ! 誰かが、世に示す必要があるのですッ! 女性よ、今こそ、立ち上がれ! そのためになら、私、この身を捧げてもいいのですッ! だから、私、わざわざ、このような破廉恥な格好で、人目を引き、自ら天鈿女命(アメノウズメノミコト)となって、天の岩戸にお隠れになっている、天照大神(アマテラスオオミカミ)という名の女性独立の御心(みこころ)に、お出まし願うのですッ!」
 ……えらい気迫でアジっていたせいか、衆目が集まっていた。そして、少しずつ、拍手(女性からだ)が、起こっていく。
 その拍手で我に返ったのか、恐縮した様子で、沢子さんが、幾分、トーンダウンした声で言った。
「……でも、この間、熊野縫製の社長の奥様から、それとなく『女性らしいお着物を着ないと、お給金を減らす』って言われちゃいました……」
 苦笑いを浮かべた沢子さんだけど、しかし。
「負けないで! あたしゃ、あんたの味方だよ!」
「そうよ! その服、とってもハイカラだわ!」
「私にも、こさえてちょうだい?」
 みたいな声が、割と近くに来ていた人たちから聞こえてきた。
「皆さん……」
 感じるところがあったらしく、沢子さんが目を潤ませる。
「救世さん」
 と、天夢ちゃんがやっぱり遠い目で言った。
「今度、無事に九月一日から巻き戻ったら、ここの『通り』、JKで溢れかえってるような気がします……」
「……そうだね」


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