「なるほど、そういうことだったんですか……。犯行現場は、公園じゃなく、帝星建設本社だったんですね……」 刑事は複雑な表情をしている。 「刑事さん、おかしな事を言う、と思われるかも知れませんが、私、今、ほっとしてるんです。毎日が綱渡りのようで……」 その言葉に、国見刑事が頷く。 「あの時、佐溝さん、『奈帆、貴様』って言い残したような気がして、私、おそろしくなってしまって。でも、あとから思えば、それって、気のせいだったようにも思うんです。私、あの時、変装してたような気がするし……」 「『奈帆、貴様』……」 国見刑事は、そう呟いて、何かを考え、そして言った。 「佐溝氏は、瀕死の状態でした。その中で、自分の血が付着した手で髪留めを木に隠し、財布なんかをクズかごに放り入れた。そこへ誰かがやってきた。もしかしたら、佐溝氏には、それが誰か、わかっていなかったんじゃないでしょうか? そして、その誰かに、髪留めのことを伝えようとした。でも、佐溝氏には、自分が隠したものが、髪留めであるとの認識はなかった。だから目についたものを言ったんじゃないでしょうか?」 「目についたもの?」 「あの髪留めには、大きなサファイアがついています。サファイアの青が目に入った佐溝氏は、こう言った。『青い玉』、と」 「青い、玉……」 「『奈帆、貴様』『青い玉』。どちらも母音は『あおいああ』です。そして、そこで意識を失った佐溝氏ですが、再び、海水浴場で最後の意識を取り戻した。佐溝氏の中では、おそらく連続した時間、出来事だったのでしょう。だから、青い玉、に続けて、こう言おうとした。『柳の木の中』」 「そうですか……」 もし佐溝の言葉を「奈帆、貴様」と思わなかったら、殺意は生まれなかっただろうか? 自信はない。 「それと、さきほど、矢南さんが、あなたに対して、新たな脅迫をしようとしていた、との供述ですが」 「はい。矢南さんはスマホを持って、そんなことを言いました」 「ですが、スマホの中には、そんなものは、ありませんでした。もちろん、矢南さんのスマホにも、です」 「……え?」 「おそらく、ハッタリ、だったのでしょう。人間、誰しも、人に知られたくない秘密を持っていますから」 「……なんて男なの? そこまでして、私からお金をむしり取ろう、なんて……!」 今さらながら、怒りが湧いてくる。 だが、国見刑事は、ちょっと沈痛な表情をした。 「それなんですが」 と、一緒にいた若い女刑事に、なにかの写真を持ってくるように指示した。 「この間、北海道へ行った矢南さんは、相手の女、塩田由岐子さんに、こう言ったそうです。『本気で将来を考えている女性がいるから、別れて欲しい』と」 「……え?」 「横領事件発覚後、あなたが強請り取られた金額は?」 「正確ではありませんが、大体……」 それを聞き、国見は頷いた。 「ほぼ同じ金額が、封筒に入れられ、矢南さんのマンションの部屋の、床下収納に隠されていました。発見時、へそくりの類いだろう、ということになっていたんですが」 どういうことか、わからない。 その時、女刑事が一枚の写真を持ってきた。 「これは、矢南さんが大学の頃、想いを寄せていた女性の写真です」 集合写真らしかった。その中の一人を、国見刑事が指し示す。奈帆自身、自分と似ている、と思った。 「矢南さんは、あなたとの繋がりを失いたくなかった。初めこそ、お金に困っての脅迫でしたが、そのうち、あなたと会うための口実……、絆に変わっていったんじゃないでしょうか? だからこそ、あなたから強請り取ったお金を、使うことができなかった」
大きなサファイアが光る、素敵な髪留めで、よくお似合いでした。……いつもおつけになることを、オススメしますよ?
唐突に、脳裏に矢南の、そんな言葉が、甦った。国見刑事の言葉と合わせて、奈帆の心に、言いようのない気持ちが湧いてきた。 それは、後悔という一語では片付けられないもののような気がした。 気がつくと、奈帆は声を上げて泣いていた。
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