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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第141回   陸の二十三
 全身から汗が噴き出す。だが、まだ、とぼけることも出来るはず。
「それが、私だとして、何の関係があるんですか?」
 まずい、声が震えていたような気がする。
 少しだけ間を置いて、刑事は言った。
「矢南さん、自分のものではないスマホを一台、持っていました」
 あの、佐溝のスマホだ。だが、あれは。
 矢南に心を許した振りをして、距離を縮め、矢南が出張に行く前夜、隙を見て、「初期化処理」というものを行った。だから、データは残ってないはず。
「データは消されていましたが、復元可能でした。なので、時間はかかりましたが、北海道警でデータを復元したんです」
 そうだったのか。なら、もはや……。
「小金井晴幸による、横領。これが、脅迫の材料だったんですね?」
 否定しようとも思ったが、もうここまで知られているのでは、心証が悪くなるかも知れない。なので、奈帆は黙って頷いた。
「あなたには、佐溝充政氏殺害についても、お話を伺わないとなりません。そのスマホ、佐溝充政氏のものでしたから」
 思わず、刑事を見た。自分でも、目が見開かれたのがわかる。
 なぜ、そこまで話が及ぶのか、まったく理解できない。
「佐溝氏は、最初、海水浴場で殺害された、と思われました。ですが、佐溝氏の財布が青清木の九柳公園で見つかってたんです」
 そうか、あのとき、やはり、クズかごに何か……おそらく財布を、放り入れていたのか。
「そこで、捜査を一から見直したんです。佐溝氏のダイイングメッセージは『やな』。当初は矢南さんの『やな』だと思っていたんですが、これも違いました」
 ダイイングメッセージ? あの状態でも、佐溝にはまだ息があったのか。ちゃんと確認しておくべきだったか?
 そして、刑事は、二枚の写真を出す。大きさはA四サイズだったが、何かを拡大したもののようだ。
「……木?」
 樹木のようだ。
「九柳公園の、東側遊歩道に、柳の木が九本、植えてあります。これは、その、南端の一本です。一枚は去年十月二十八日のもの。もう一枚は、つい先日、二十六日に撮影されたものです。違いがお分かりになりますか?」
 写真を見てみる。すぐにはわからなかったが、何度かじっくり見て、わかった。
「二十八日の方には、傷があって、木の皮が上に向かって、開いてますね。でも、二十六日は、『こぶ』が出来てる」
「『癒傷(ゆしょう)』というそうです。植物も、傷つくと、そこを治そうとするんですね。誰かのイタズラだったのか、事故なのかわかりませんが、十月二十八日の時点では、このように、この柳の、ここの部分は、上に向いて表面がえぐれ、開いていた。でも、二十六日にはそこが治り、こぶ状になっている。この柳のそばに、クズかごがあって、そのクズかごから、佐溝氏の財布が見つかってるんです。そこで、こう考えました。佐溝氏は、この柳のことを、言い残したかったんじゃないかって。その柳の木に注意してもらうために、そばのクズかごに財布や、おそらく免許証などを放り入れたのではないかって」
 ちょっとだけ、息を吐き、刑事は言った。
「必ず、近県に住む専門の樹医の方に、来ていただくことを約束して、管理者立ち会いのもと、そのこぶを開いたら、髪留めが見つかりました。調べたら、世界にただ一つの物だとわかったんです、小金井奈帆さん」
 なんということか。髪留めは、そんなところにあったのだ。
「その髪留めには、血液が付着していました。また、毛根の着いた毛髪も、数本、見つかりました。どちらもDNAの鑑定中です。小金井奈帆さん、筆跡とあわせて、DNAの提出もお願いできますか?」
 奈帆は力なく頷いた。そして、自ら、経緯を語り始めた……。


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