20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第140回   陸の二十二
「お加減、よろしいですか? 辛くなったら、いつでも言ってくださいね?」
「……大丈夫です」
 目の前の、国見という刑事が、奈帆を気遣う言葉を口にする。
 七月三十日、日曜日、午後二時。
 奈帆は、上石津署の取調室にいた。
 前日の朝方まで、奈帆は、病院のベッドにいた。二十八日の朝、訪れた母が、意識不明に陥っている奈帆を、発見したのだという。
 なぜ、そんなことになったのか、わからない。
 人づてに、晴幸が自殺未遂を図って、意識不明になったことを知らされたり、父が意識不明で倒れたり、また、しばらく前、自分のところに刑事がやってきたりして、精神的に追い詰められていたとは思う。だが、それを理由に、薬物を飲んだりはしていない。
 それとも、人間というのは、追い詰められ、世から逃げたいと切実に願ったら、無意識にでも、昏睡状態になるものなのだろうか?
 そういえば、意識を失う前、妖しい女に会ったような気がする。名前までは覚えていない。白い着物を着て、髪が足もとまであるような、どこか、昏い美しさを持った女だった。それに、不思議な夢を見たような気もする。もはや、どんな夢だったか、覚えていないが、どこか充実感のある夢だった。
 そんなことはともかくも。
 今日、ここに呼ばれたということは、もはや自分が事件関係者ではなく、「被疑者」あるいは、「犯人」として警察に見られていることを意味する。覚悟を決めるべきだろうが、やはり自己保身が先に立った。
「刑事さん、私、なぜここに呼ばれたんですか?」
 国見刑事が言った。
「二週間ほど前になるんですが、北海道で矢南徹明さんが、殺害されました」
「存じてます」
「その犯人、宮本、という男なんですが、何者かに『矢南さんを殺せ』と、脅されたそうなんです」
 あの男が捕まったのは、ニュースで知った。だが、接触に使った電話から奈帆にたどり着くのは不可能なはずだし、ボイスチェンジャーを使って、わざと口調に「クセ」も持たせた。奈帆だということは特定できないはず。
「脅してきた相手は、宮本の情婦である塩田由岐子さんの、携帯電話にかけてきたそうなんですよ。これって、宮本と由岐子さんが一緒にいるときでないと、意味はないんです。つまり、その場を見ていた、ということなんですよね」
 ……。
 そこまでは、計算内だ。
「なんで、脅迫者が由岐子さんの電話番号を知っていたのか。聞いてみたら、由岐子さん、バッグを引ったくられたことがあるんだそうです。バッグの中に、財布などの貴重品もあった。すぐにでもカード類や携帯電話の使用契約を止めたかったが、お金がないので、代理店などに、車などを使っていくことができない。そこで、まず交番を探すことが、頭に浮かんだんだそうです。そして、人に尋ねながら、交番に行ったら、そこに自分のバッグが届けられていた」
 あのときのことだ。だが、あの時は、サングラスやマスク、帽子等で変装したから、奈帆の人相は特定できないはず。
「交番というのは、僻地駐在所といった、一部の例外はありますが、大体において、市街部に設置されます。つまり、人目が多いんです。……防犯カメラもありましたが、さすがに映像は残っていませんでした」
 あれから二週間は経っている。それに、仮に映像があっても、奈帆だと特定することは難しいはず。
「市街部。……つまり、多くの人が目撃していたんです。この暑いのに、帽子にサングラス、マスク姿の女を」
 やはり、見られていた。だが、そこから奈帆を特定することは……。
「本人としては、人相を特定されないための変装だったんでしょうが、それがかえって人目を引くことになってしまっていた。なので、その交番を中心に、目撃者を辿り、平行して、近隣の宿泊施設をあたりました。女性一人の宿泊客を、ね」
 そして、刑事は、ビニル袋に入った、一枚の紙を出す。
「あるホテルでの、宿泊カードです。この人、連絡が取れないんです。調べてみたら、住所も名前も、何もかもデタラメ。ホテルの従業員が覚えていました。帽子にサングラスの女だったと。……あなたの写真を見せたら、雰囲気が似ている、とのことでした。筆跡鑑定、ご協力いただけますか?」


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 2682