しばらくして、北海道警に行っていた、古瀬秋恵(ふるせ あきえ)強行犯係係長が帰ってきた。 バターサンドがお土産だった。 「お前、こういうのをお土産、っていうんだぞ?」 そんなことを言っていると、秋恵が、不敵な笑みで言った。 「もっとすごいお土産、あるわよ」 「え? なんですか、それ?」 国見の問いに、秋恵は資料や手帳を出して言った。 「矢南を殺したのは、やっぱり地回りの宮本辰則(みやもと たつのり)だった。最初は、自分の女・塩田由岐子(しおた ゆきこ)に手を出していた矢南を、偶然見つけたから、みたいな、曖昧な供述をしてたらしいけど、三日ほど前から、本当のことを言い始めたそうよ。それによると、何者かが、電話で脅迫してきたみたい」 「脅迫?」 「ええ。宮本、って男、自分が世話になってる組織の、覚醒剤密売の、アガリとか、誤魔化してたみたい。それどころか少しずつ、抜き取って、適当にたまったところで、自分でも売りさばいていた。そのことを、組織に知らされたくなかったら、矢南を殺せ、と」 純佳が、唸る。 「一体、何者なんですかね、そいつ?」 「機械を通したような、変な声だから、何者かはわからなかったそうよ。でもね、いくつか、わかることがある」 と、秋恵はニヤリとした。 「相手は、由岐子の携帯に電話してきたそうよ。それに、相手は、こう言った。『七月十二日に、矢南徹明が、北海道に出張でやってくる』」 「……なるほど」 国見は頷いたが、純佳は今ひとつ、わかっていないらしい。 なので、国見は言った。 「その何者かは、宮本と由岐子が一緒に居るところを確認して、電話をかけてきた。それに『北海道にやってくる』。もし、どこか、別のところにいたのなら、『北海道に行く』。そんな言い方になるはず」 「ああ、そっか」 と、得心がいったように、純佳は何度も頷いた。 「そして、その電話がかかってきたのが、午後十一時三十分。おそらく、どこかに宿泊していた可能性が高いわね。……まあ、強行で通っていた可能性もあるけど」 この言葉で、秋恵も奈帆を疑っているのがわかった。コンペに参加してきた一企業の、さらに一社員を、興信所を使って、何度も調べさせるのは、どう考えても不自然だ。 小金井奈帆、引っ張ってもいいかも知れない。 「それから」 と秋恵は言った。 「矢南の遺留品に、彼のものではないスマホが一台、あったそうよ。カードが抜かれていて、携帯端末としては、使い物にならない。にも関わらず、持っていた。データは、スマホの初期化で、消去されていたそうだけど、実質的に、論理削除?とかいうものだそうだから、復元可能だそうよ。早ければ、今日中には、全部、終わるみたい。……そのスマホ、外見から見る限り、佐溝のものじゃないか、と思うの。佐溝、自分の名前を梵字にして、イニシャルを、シールにして、貼っていたそうだから。写真、撮ってきたから、あとで、関係者に確認してもらえる、富部ちゃん?」 思わぬところで、スマホが出てきた。てっきり、犯人が回収したものと思っていたが。 「これは、推測だけれど」 と、秋恵が言った。 「佐溝からのお金の無心に難渋していた矢南は、借金のカタに、佐溝のスマホを取り上げたんじゃないかしら? もしそうなら、真犯人に近づけるわ」 スマホには、おそらく何らかの「証拠」となるものがある。 考えて、国見は言った。 「係長、これから、北海道へ行ってきてもいいですか?」 秋恵が頷いた。 「言うと思ったわ。道警には連絡しておく」 事件前後の宮本の行動を探れば、どこかに奈帆の痕跡があるはず。さらに、そのスマホ、佐溝が晴幸を脅すネタに使っていたとしたら、最終所持者である矢南も、「それ」に気づいたのだろう。矢南が佐溝と一緒に、あるいは、佐溝の死後、脅迫者になったというのは、考えられない話ではない。 そう思いながら、国見は、これまでの推理を秋恵に話し、出張の準備を始めた。
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