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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第129回   陸の十一
 その時、白倉さんが立った。
 そして、ホワイトボードへ行く。
「ビックリしたね、amoureux(アムール)。でも、千紗姉様には、悪気はない」
 萎縮していた天夢ちゃんが顔を上げたとき、白倉さんが、その額に、軽くキスした。
 ……人前で、なにやってるんだ、この人?
 僕は唖然となったけど、みんなは、なんていうか、なんともない。びっくりしてるようでも、照れてるようでもない。
 ……そうか、こういう行動が白倉さんのデフォルトなんだ。
 訳のわからない展開に、僕がちょっとだけ混乱してると、白倉さんが言った。
「言葉遊びついでに、こんなのは、どうだろう?」
 そして、「3」の上に「7」、「2」の上に「8」って書いた。
「これまでは、大淫婦と、ケルベロスのコンビだった。大淫婦は黙示録で伝えられる堕落の象徴、ケルベロスはギリシア神話の、地獄の番犬。ここから、この二体の解釈は『人々の堕落により、邪念が蓄積し、地獄……魔災へと繋がる』だった。でも、大淫婦は、八岐大蛇に、ケルベロスはオルトロスになった」
 そう言って、「7」と「3」、「8」と「2」を、縦長の楕円で囲む。
「じゃあ、このまま進んだら? オルトロスは、一本首の犬に、八岐大蛇は九本首のドラゴンになる。つまり」
 と、「1」の上に「9」と書く。
「……もう、わかるよね?」
 って、白倉さんは、ニヤリとしたけど、僕はわからない。でも、副頭、結城さん、千宝寺さんはわかったらしい。息を呑むのがわかった。
 代表して、でもないんだろうけど、副頭が言った。
「九と一。……九月一日、関東大震災の起きた日」
 ……あ。
 会議室全体に、静かに衝撃が走った。
 千宝寺さんが、ややかすれた声で言った。
「やつらは、魔災へのカウントダウンだったのか……」
 白倉さんが、変わらぬ、微妙な、困惑したような笑みのまま言った。
「これが正しいとしたなら、だけどね。ただ、数字が入った人の名前が、変化した、っていうのは、ヒントになると思う。そんな風に、数霊(かずたま)が動くなら、大淫婦たちの首の数の変化、それにも、それなりの意味があると思う。もしそうなら、奴らを倒すことで、カウントダウンを遅らせることが出来るか、あるいは魔災の種に繋がる、何かを見いだせるかも知れない」
 でも、今の言葉には自信がないらしく、「これは、勝手に思ってることだけどね」と、白倉さんはつけ加えた。

 会議が終わり、千紗はエントランスの自動販売機で、缶コーヒーを買って飲んでいた。そこへ、新がやってきた。
「落ち着いたかな、千紗姉様?」
「……さっきは、すまなかった」
 自己嫌悪で、吐きそうになる。
 新は穏やかな声で言った。
「気にすることはない。人間、誰しも、心に傷を抱えてる。千紗姉様は、その傷を、使命に変えた。それは、素晴らしいと思うよ?」
 千紗は新を見る。新の顔に浮かんでいるのは、勝ち気な笑み。だが、その瞳に、少し優しさがあるように感じる。
「泣きたくなったら、いつでもボクの胸に、飛び込んでくるといい」
「それは断る」
 いつだったか、似たようなシチュエーションがあったとき、新にキスされた。それも、ディープを。
「ボクはいつでも、ウェルカムだからね?」
 と、新は微笑んだ。
 それに、少々げんなりしながらも、千紗は頷いておいた。
 人の厚意を無下にすることもないだろう、そう思いながら。


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