七月二十五日の夜、八時。緊急会議が開かれた。時間が巻戻ったからだ。 で、歪みの蓄積レベルはそれほどでもないらしいけど、何か、脅威が迫っていることは間違いないらしい。「天水訟」の二爻とかいうものが出たのだそうだ。 で、会議が終了間近になった時。 僕は天夢ちゃんに小声で言った。 「一応、話すだけは話してみれば?」 「でも……」 天夢ちゃんは、ちょっとためらっている。天夢ちゃんが顔を上げて誰かを見る。その視線の先にいるのは、高谷さん。高谷さんが頷いた。それを見て、天夢ちゃんが再び、僕を見る。僕も頷いた。 それで決意したのか、天夢ちゃんが頷いて、挙手した。 「あのぅ……」 みんなが、何事か、と、天夢ちゃんを見る。それにちょっと気後れしたようだけど、天夢ちゃんは、自分に向かって小さく気合いを入れて言った。 「この間、……土曜日なんですけど。あたし、高谷さんに、英語の勉強を見てもらってたんです。で、その時、『生きる』っていう意味の英語の『live』を、逆から読むと『邪悪』っていう意味の『evil』になるって聞いて、それで、『悪い子』は『evil boy』じゃなくて『rascal』で、その反対は『good boy』で……」 「神室、要点だけ言ってもらえないか?」 困ったような表情で、千宝寺さんが突っ込むと、天夢ちゃんが「すみません」とちょっとだけ縮こまった。でも、一回深呼吸してから言った。 「『生きる』の『live』を逆にして、『邪悪』の『evil』になるんなら、『良い』っていう意味の『good』をひっくり返した『doog』は、『悪い』っていう意味になるのかな、って、意味もなく考えて、『doog』って『dog』に似てるな、って思って、その時、気がついたんです。ケルベロス、って、地獄の番犬ですよね? つまり、『犬』です。犬は英語で『dog』。一応、『doog』っていう単語を探してみましたけど、ありません。で、ケルベロスは三本首。だから、これをd、o、gの順に、1、2、3て、番号を振ります」 ここから先は、文字にした方がいいと思ったのか、天夢ちゃんは副頭の後ろにある、ホワイトボードのところに行った。 「dが1、oが2、gが3。それで、オルトロスは二本首です。三が二になったってことは、3から2に減った、って感じがしたんです。そしたら、もしかすると、次は一本首になるのかな、って。すると、この順番に従うと」 そのあとを、ホワイトボードを見ながら、浅黄さんが言った。 「1、2、3でd、o、gなら、3、2、1はg、o、d……。god……。GOD(ゴッド)……!」 紫雲英ちゃんが息を呑んで言った。 「まさか、次は神になるって……!?」 貴織さんも、まさか、って顔をしてる。 「神を気取ってる……。それか、魔災は、神の意志、裁き……」 その言葉が終わると同時に、誰かが、荒々しくテーブルを叩いたらしい。爆発にも似た、破裂音が響いた。 驚いてそっちを見ると、千宝寺さんが、両手をついて、立ち上がっている。 「……ふざけるな……。神の意志で、魔災だ? 神が世界を滅ぼすのか? そんなふざけた話が、あってたまるかッ!」 その剣幕に驚いたけど、それでも、貴織さんは言った。 「ちょ、ちょっと、千紗? なに、熱くなってんの……?」 そのあとを、副頭が言った。 「落ち着いてください、千宝寺くん。これは、単なる『言葉遊び』です」 天夢ちゃんが気がついたことに対して、「言葉遊び」は、あんまりだと思ったけど、この場はこう言うのが、いいと、僕も思った。 大きく息を吐いて、千宝寺さんが頭を下げる。 「すみません」 そして、席に座る。
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