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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第127回   陸の九
 まさか!
 まだ二十六日だったのに!!
 そう、またいきなり三十一日に跳んだんだ!
 僕は、鞍橋材木を飛び出した。
 満月と、街の明かりのおかげで、異常に明るい中、僕は異様な気配が漂ってくる方へ向かって走った。
 しばらく走ると、誰かが僕の隣に現れて、併走した。
「千宝寺さん!」
 千宝寺さんだった。
「千宝寺さん、他に誰か、来てますか!?」
「いや、私と、お前だけだ!!」
 そうか。でも、千宝寺さんがいるなら、安心だ。僕は、彼女の足を引っ張らないことだけを考えよう!
 そう思っていたら、目の前、二、三十メートルのところ、ちょうど四つ辻の真ん中に、身長二メートルぐらいの、一体の人間の姿がある。でも、遠目にも、異様な姿をしているのがわかる。なんか、映画でみる、ゾンビのようだ。
 ふと、懐でなにかの気配がした。
 取り出してみると、咒符が一枚。放電のような光を放っている。
「ディザイアだ」
 千宝寺さんが言った。
 頷くと、僕の目の前に金色の勾玉が降りてきた。それを握り、
「鎧念招身!」
 僕は変身のキーワードを唱えた。
 ファイティングポーズをとったとき。
「……?」
 なんだろう、あのディザイア、泣いているような気がする。泣き声が聞こえるわけでも、涙が見えるわけでもないけど、でも。
 泣いてる。
 僕の右に立った千宝寺さんが言った。
「感傷に溺れるな、救世」
 彼女を見ると、彼女の表情、なんだか、痛みをこらえているように見える。
 そうか、千宝寺さんも感じるんだ、あのディザイアが泣いてること。
 僕は、再び、ディザイアを見て、拳を構える。
 でも。
 よろけながらこちらに歩いてくる……いや、どこへ行くでもなく、文字通りさまよっているディザイアを見ていると、ここで倒すことが正しいのか、僕の中に疑問が湧いてくるんだ。
 ゾンビのディザイアは、時折、空を仰ぐ。でも、多分、あの目は空を、満月を、見ていない。ディザイアが見ているのは、ただただ絶望のみなんだ。
 ディザイアは、顕空の誰かが、形を変えたものだっていう。ということは、あのディザイアは、顕空で絶望した誰かが変化(へんげ)したものだっていうこと。ここで倒しても、顕空のその人が、救われるわけじゃないんだ。
 僕は、どうすれば……。
「離(リ)の門」
 その時、千宝寺さんの声がした。
 そして、何かが風を切る音がしたかと思うと、ディザイアの周囲を取り囲むように、高さ三メートルぐらいあるようなロウソクが、八本、立った。グルリと右回りの円を描くように順々に灯(ひ)が点(とも)ると、突然、その炎が空高く立ち上った。八角形に囲まれた中に、赤い光が満ちていき、ディザイアが絶叫する。そして、八角形の中が真っ赤に輝いて、その光が消えた後。
 ディザイアは、跡形もなく、消滅していた。
「ディザイアに例外はない。我らの役目は、ディザイアを倒し、歪みを消すこと。忘れるな、救世!」
 千宝寺さんのその言葉は、もちろん、僕に向けられたものだけど、同時に、自分自身にも言ったように思えてならなかった。
 その夜はムラマサも、八岐大蛇やオルトロスも現れることはなく、静かに九月一日を迎えた。


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