今回は、変則的だった。 何が、っていうと、気がついたら、冥空裏界へ来てたんだ。 確か、大正十二年界で、うっかり変なことを言わないように、図書館でそんな史料本とか借りてきて、読んでる途中で、寝巻に着替えずに、寝ちゃったんだよなあ。 僕は、近くで新聞を買って、日付を確認した。 「二十六日、日曜日、か」 日射しは、今日も暑い。気のせいか、ここで、曇りとか、雨に降られたこととか、ないなあ。 太陽の角度からすると、まだ、午前中。 とりあえず、帝都文明亭へ向かっている途中で、貴織さんに出会った。 「あら、救世くん」 そう言って、近づき、ふと、思いだしたように言った。 「『昨日』、比呂さんが言ってたけど、変な事件が起きてるって」 「変な事件?」 「ええ。おかしな売薬(ばいやく)さんが、出没してるって」 借りてきた本に載ってた。売薬さん、ていうのは、薬の移動販売みたいな人だ。 「どこが変なんですか?」 「あのね? 『生きながら死ねる薬』を売ってるんですって?」 「……なんですか、そりゃあ?」 貴織さんにもわからないらしく、うーん、なんて唸ってから言った。 「比呂さんも、役場とか街中(まちなか)とかでの噂を聞く限りだそうだから、よくわからないそうなの」 「生きながら死ぬ、って、ゾンビみたいですね」 「そうね。……ていうことは、その薬を飲んだ人は、いずれ、人を襲って、食べちゃうとか?」 それに、ちょっとだけ笑いを返してから、「どうでもいいこと」という断りを入れて、僕は言った。 「今でこそ、『ゾンビ』って、腐ってて、歩き回って、人を襲って食べる、っていう事になってますけど、本来は違うんですよ」 「え? 違うの?」 「はい」 と、以前、爺ちゃんから聞かされた話を展開した。 「ゾンビって、ヴードゥーから来てるんですけど、ヴードゥーにおいては、もともと刑罰の一種だったんです」 「刑罰?」 「はい。罪を犯した人を、『ボコール』って呼ばれる黒魔術師が、ゾンビーパウダーっていう薬を使って、ゾンビにするんですよ」 「ゾンビーパウダー。……薬、ねえ……」 と考えるそぶりをする。 僕も、なんとなく、変な共通点を感じながら、話を続けた。 「そのゾンビーパウダーって、実は成分がわかってて、ある種の神経毒なんです。その薬を、罪人につけた傷にすりつける。すると、その罪人は仮死状態になるけど、濃度が調整してあるから、いずれ復活する。でも、その時には、仮死状態で脳が酸素欠乏になってて、しかも神経毒の影響で、まともな精神活動がなく、場合によっては四肢に麻痺が残っている可能性もある。そして、そのゾンビは、誰かの召使いとして、一生を過ごす」 それを聞いて、貴織さんが言った。 「その売薬さん、もしディザイアだとしたら、他人を『罪人』だと定義して、裁いている気になっているのかもね」 僕は頷いた。でも。 「もし、罪人を裁くのだとしたら、こんな方法、とりますか? あっさりと、それこそ、凶器を使って、殺すとか、しませんか?」 貴織さんは、難しい顔をした。 「そうねえ。……例えば、だけど」 そして、僕を見る。 「ただ殺すんじゃなく、生きているのに、死んでいるかのような状態を味わわせるのが、目的、だったりして、……ね」 ……。 そんなことって、あるんだろうか?
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