二十四日月曜日の、午後十時だった。実家の母から「父が意識不明になって、病院に担ぎ込まれた」と、電話があったのだ。メモが残されており、そのメモには、意味不明だが「タイコウゴウ様のおかげで、楽になれるかも知れない」という、殴り書きがあったという。 このメモが、一体何を意味するのか、まるでわからないそうだが、何らかの薬剤を服用したようでもなく、遺書というわけでもないらしい。 そういえば、父は横領事件発覚以降、生ける屍のようであった。詳しくは知らないが、父は、降格されることも、更迭や左遷されることも、まして背任で解雇されることもなかった。だが、かわりに「力」というものを、すっかりなくしたらしい。これまで築いてきた人脈のことごとくを手放し、さらには、ある種の権力機構とのパイプすら、誰かに譲ったらしい。これらの人脈やパイプを手にするのに、父は、それこそ血を吐く思いで、仕事をしてきたのだ。 それを、こんなところで、失うことになるとは、父も、死ぬほど辛かっただろうと思うと、申し訳なくなる。一方で「左遷されでもしたら、そんな人脈も宝の持ち腐れ」のような事を言って、強がっていたと、母から聞いた。 なんにせよ、自分が晴幸を夫にしなければよかったということだ。佐溝とつき合っていて、あの男の鼻持ちならないところが、我慢ならなかった。一体、どのような人生を送ってくれば、あそこまで、思い上がった人間が出来上がるのか、逆に興味が湧いたぐらいだ。 そんな時に、晴幸と出会った。きっかけは、広報の資料を晴幸が届けに来て、ダメ出しを繰り返して、何度か会ったことだったと思う。いつの間にか、晴幸の穏やかで細やかな性格に惹かれるようになった。あとから思えば、佐溝と正反対の性格だったが故に、新鮮に感じただけだったかも知れない。 世間的には「二股」と呼ばれる状態を経て、奈帆は佐溝を切り捨て、晴幸を夫とした。それは、誤った判断だったかも知れない。 だが。 今の自分は、確かに晴幸を愛している。 奈帆は、病院へ行くべく、支度を始めた。
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