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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第122回   陸の四
 明宝亭の新メニューは、「あんかけ焼きそば」だった。安立(あんりゅう)区に、新しい中華料理屋が出来て、そこの目玉の一つがあんかけ焼きそばなんだ。明宝亭にはその料理がなくて、それを導入することになったらしい。
 なんていうか。
 おいしいんだけど、中華丼にのせる「あん」を、そのまま、焼きそばの上にのせてるだけのような感じがして、それは、明宝亭のご主人もわかってた。ただ、どうアレンジしたらいいか、そのあたりを研究したいから、ってことで、まずは、僕をモニターに選んだって事らしい。
 明宝亭を出るとき、紫雲英ちゃんが、なんだか名残惜しそうにしてたけど、意識しないことにする。僕がモテるわけ、ないしね。
 明宝亭は、芯岳区の西にある。ここからちょっと歩くと、市電の駅があるから、そこで市電に乗って帰ろう。
 で、しばらく歩いて、バス停と市電の駅が並んでる通りに出たとき。
「あれ? 救世くんじゃない」
 と、僕を呼び止める声がした。
「ああ、貴織さん」
 梓川貴織さんだった。
「どうしたの、こんなところで?」
 と、貴織さんが時計を確認する。午後九時。
「ええ、ちょっと、明宝亭で新メニューの試食を」
「へえ。いいなあ、今度、あたしも呼んでよ」
 貴織さんがうらやましそうに、そんなことを言ったとき、浅黄さんがやってきた。
「あれ? 貴織に救世。珍しい取り合わせだな」
「あたしは、今日は、早く上がったから」
「僕は、明宝亭で、新メニューの試食を」
「そうか」
 と、浅黄さんはちょっと、考えてから言った。
「俺は、仕事帰りだ。同じ課の同僚と、どこかで飯でも、って言ってたところだったんだが、そいつ、用が出来て、帰っちまってな。あちこち、ブラついてる途中だったんだが、……どうだ、これから、つき合わねえか?」
「え? いいの? 比呂さんのおごり?」
「誰がおごるか」
 そう応えた後、浅黄さんが僕を見る。
「ああ、僕は、さっき食事を済ませたばかりなんで」
「そうか」
 と、浅黄さんがちょっと残念そうに言う。
 お腹いっぱいだし、それに。
 僕は二人を……っていうか、貴織さんが浅黄さんを見る目に注意する。……うん、邪魔しない方がいいかもね。
 二人が連れ立って歩き出そうとしたとき。
「あれ? きおちゃん?」
 と、背後から、女性の声がした。
 振り返り、その声の主を見た貴織さんが、ビックリしたのか、目を丸くした。
「お久しぶりです、先パイ!」


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