安堵の溜息を漏らしたとき、鋭い空気が走る。 「ムラマサ!」 心の声がした。心が見ている方を見ると、一軒の、二階建ての家屋の屋根に、黒い鎧武者。 「ムラマサ……」 紫雲英が睨むと、ムラマサは二人を見下ろして言った。 『役目故、やむを得ないが、正直なところ、今回の禍津霊(まがつひ)は、どうでもよい……というより、私が護る意味も価値もなかった。倒してくれて、礼を言う』 礼を言う、というところに、どこか嘲りの調子があるように思ったのは、紫雲英の気のせいか? 『間に合わなかった、というのは、今回は怪我の功名であった』 そう言い残して、ムラマサは空間にかすむように消えた。 紫雲英たちには、どうすることもできない。 だが、戦闘を終え、ふと息を吐くと、今度こそ、安堵の空気が漂った。周囲の人々が奇異な目で見ているが、どうせ、ここから立ち去り、「ヨロイ」を解けば、紫雲英だとはわからない。原理はわからないが、自分たちは、ここではある種「特殊な位置」にあるらしく、「ヨロイ」をまとっているときと、そうでないときとで、別人だと思われるようになっているらしい。 心が、笑顔で歩み寄る。 「ごくろうさ……」と言いかけて、「うっ」と呻き、顔をしかめた。 やはり、ニオうか。さっきは、戦闘中で、気が張っていた、ということもあり、気にならなかったのだろう。 心が、それでも、苦笑いで言った。 「ご苦労様、紫雲英ちゃん」 「心さん……」 謝らねばならない。 「申し訳ないッス。さっきは、ひどいこと言って」 心が笑顔になる。 「ああ、いいっていいって。僕が戦力にならないのは、自分でもよくわかってるからさ」 「でも……」 紫雲英は、確かに心に助けられた。もし、自分が心をもっと信頼していれば、戦い方も変わったはずだ。 ふと、心が銃を見ているのに気づいた。心が顔を上げて、紫雲英を見る。 「僕、銃のことはよくわからないけど、なんていうの、こう、ケースみたいなものを差し込むタイプもあるよね? 紫雲英ちゃん見てて思ったけど、ああいうタイプだったら、いちいち、弾(たま)を入れる手間が省けるんじゃないんじゃないかな?」 これは、ちょっと言っておいた方がいいかも知れない。 「わかってないッスねえ、心さん。オートマチックなんて、邪道ッスよ。それに、すぐ、ジャムるし」 「……そうなの? ていうか、『じゃむる』って、なに?」 「シングルアクションで、ハンマーがプライマーを叩くときの振動、排莢するときに漏れ出る火薬の臭い。あの無骨で乾いた世界が、たまらないんじゃないッスか!」 「……ごめん、何言ってんの、紫雲英ちゃん?」 「しょうがないッス! これから、帝都文明亭で、リボルバーのいいところ、たっぷりレクチャーするッス。晩メシ、おごるっスよ!」 「いや、夕ご飯なら、さっき、食べたから!」 「遠慮しない! 男なら、オムライスの二つや三つ、楽勝じゃないッスか!」 「いや、紫雲英ちゃん、それ、ムチャクチャ!」 「ヨロイ」を解き、紫雲英は、抗議の声を上げる心の腕を掴んで、引っ張って行った。
(伍「多色なる『思い』」・了)
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