七月二十三日、日曜日、正午。 桑原礼子(くわはら れいこ)は、ボランティア団体「レッドリング」が催す、炊き出しに参加していた。場所は、市の芯岳区、その東部の河沿いだ。この河は、かなり大きな河で、ここから北東に上がった青清木のあたりでも、河幅は二十メートルほどある。ここでは、広いところで、河幅は五十メートルに達するという。 礼子は、この炊き出しには月に二度、参加している。前回は二日だった。本来はその二週間後の十六日の予定だったが、その日はゼミの研修に出席せねばならず、今週、参加することにしたのだ。 いつものように、村嶋(むらしま)が合崎(あいざき)に肩を貸しながら、テントの方に歩いてくる。詳しいことは聞けていないが、合崎の脚は、どうやら、治らないらしい。 そのことに胸が痛みながら、それでも笑顔を作り、お椀に豚汁をよそう。 ふと、村嶋に近づく一人の男に気づいた。話が聞こえてくる。 「兄さん」 「……ショウジか!?」 村嶋の驚いたような声がした。 「捜したよ。オムラさんに会うことが出来て、話、聞いて、このあたりで見たってことだったから」 「何しに来た?」 村嶋の声に、怒気が含まれたような気がして、礼子はその場をほかの人に任せ、村嶋のところへ行った。 「村嶋さん、どうしたんですか!?」 喧嘩になど、ならなければいいが。そう思い、やってきた男を見る。年の頃は四十代半ばだろうか? ベージュのサマースーツに、白いシャツ、紺のスラックス。小綺麗にしている。 村嶋はその男を見て、言った。 「ああ、礼ちゃん。こいつは、俺の弟だ」 「え? 弟さん?」 改めて、その男を見る。言われれば、どことなく、雰囲気が似ている。 男が、名刺を出した。 「兄がいつもお世話になっております」 名刺には「旗野薬品 総務部労務管理課 課長 村嶋 将二」とある。 「旗野薬品って、確か」 と、礼子は記憶を探る。遠方の県に拠点を置く薬品販売の会社で、確か、隣の石津市に、支社があったはずだ。その支社の社屋の建設には、帝星建設が関わっている。 「ご存じですか?」 「ええ。父が、帝星建設に勤めてまして、確か、石津支社の社屋の建設の時に……」 「……ああ、あなた、帝星建設の方の、お嬢さんでしたか」 と、一瞬、将二の表情が微妙なものになる。礼子には、それが「遺恨」を孕んだものに思えたが、引け目かも知れない。将二は、だが、すぐに笑顔になった。まるで、インストールしてある笑顔パターンを、呼び出したかのようだ。 そして、礼子に一礼し、村嶋に言った。 「兄さん、帰ってこないか?」
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