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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第11回   壱の九
 とりあえず、今日は食事にありつく事が出来た。
 村嶋は、夜遅く、テントの中で横になり、破れた天蓋(てんがい)から星の見えない、黒い空を眺めながらそう思った。
 あの時は、まさか自分もこういうことになるとは思わなかった。石毛社長が自殺し、社が傾いた。機材などの資産を処分したとしても、一千万単位の負債が残る。そんな折、以前、仕事でつきあいのあった業者から「融資」の話を持ちかけられた。今ならわかる。乗るべきではない話であった。だが、その時は「これに頼るしかない」と思ってしまったのだ。自分は、社長の片腕であり、出来うるなら社を、「次」に繋げられる形で、収めたかったのだ。
 結果、融資された資金を返済できず、村嶋個人の資産を処分してもなお、多くの負債が残った。最近になって噂で聞いたが、融資話は、そもそも、社が所有するパテントの収奪が目的だったらしい。
 後の祭りだ。己の見識の甘さを怨むより他にない。
 家族にまでこの苦しさを味わわせるわけには、いかぬ。そう思い、ありふれた、ある意味、見え透いた手ではあったが、妻と離婚し、高校生の娘、中学生の息子とも縁を切った。二人は今、遠方の妻の実家にいるらしいが、元気でいるだろうか?
 気がつくと、天蓋の破れ目が歪み、揺れている。それが、自分の目にたまった涙のせいであると気づくのに、ほんの少し、時間を要した。
 声を殺して泣いていると、不意に、誰かがテントの外に立つ気配があった。
 うるさい。
 そう思ったが、わざわざ起き上がって、追い払うのも面倒くさい。ほうっておけば、いずれどこかに行くだろう。あるいは、強盗の類いだとしても、盗むものなど、ここにはない。
 それとも、もしかしたら。
 ここで、なんらかのトラブルが起これば。例えば、相手が何らかの凶器を持っていて、それによって、自分が害される事があれば。
 死ねるかも知れない。
 そのことに思い至った時、村嶋の胸に希望の鼓動が起きた。すぐにそれは、自分を急(せ)き立てるアラームの如く、全身を駆け巡り始めた。
 村嶋は起き上がり、テントの入り口をめくり、外へ出る。
 だが、そこには誰もいない。ちょっとばかり、辺りを見回してみたが、誰かがいた形跡すらない。
 どうやら、気のせいだったらしい。落胆の溜息をつき、テントに戻ろうと振り返ったとき。
 そこには、髪の短い一人の若い女が立っていた。
 息が止まるほど驚いた。
 そして次に、暗いにもかかわらず、その姿がはっきりと見て取れる事に、奇妙な感覚を覚えた。
 着ている服が、喪服のような黒い着物で、それをどこか着崩しているような感じも、奇妙だった。
 最後に、この女が、影のある美しさを持っている事に、興味を引かれた。だが、それは「異性」を意識してのものではない。しいていうなら「人間として感じる何か」だろうか? そして、その「何か」は、「危険」であるような気がする。
 女が艶然と微笑んで、言った。
「あなたに『希望』をあげましょ」
「希望?」
 女の言う意味がわからない。希望を与えるなど、一体、自分の何を、どのようにするというのか。何をしたって、このどん底の状態からの逆転など、有り得ない。
 村嶋の表情を楽しむかのように、女はきれいな声で笑い、言った。
「私にお任せなさいな。すぐに、あなたの望む、人生を取り戻させてあげる」
 ますます、女が何を言っているのか、理解できない。しかし、女に見つめられると、頭の芯が痺れて、正常な思考力がなくなっていくのも、感じる。
「あ、あんた、は……?」
 なぜか、女の名前を知りたくなった。名前を知るという事は、女と縁を作るという事。それが何を意味するか、もはや推測する事が出来ない。
 女が、口元を歪めて言った。
「そうね。『浅井ささ』とでも名乗って置くわ」
「あさいささ……」
「でも、私の事は『タイコウヒ』と呼びなさい」
「タイコウヒ……」
 自動的に復唱する村嶋を見て、女が再び口許を歪める。
 どうやら、笑っているらしかった。


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