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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第109回   伍の八
 七月二十三日、日曜日、午前十一時。
 県警捜査一課の佐之尾常国(さのお ときくに)警部は、自分のデスクで、事件の概要を思い起こしていた。
 フリージャーナリスト・津島行延(つしま ゆきのぶ)の毒殺死体が見つかったのは、およそ十日前、七月十四日金曜日の、午前九時頃だ。津島はまだ三十歳だが、なかなか鋭い切り口を持っており、業界ではそれなりに名が通っていた。それだけに、敵も多かったそうだ。
 県庁所在地の中埜石(なかのいわ)市の西の一部には、森林地帯があり、さらにその一部に、うっそうと茂って、人があまり立ち入らない場所がある。その日は、夏休みのキャンプシーズンを前に、有志たちによる、近隣のパトロールが行われることになっていた。そのパトロールが、不法駐車した車の中で死んでいる津島を発見した。
 毒物による毒死、ということがわかり、その毒物はどうやら飲み物に混入されていたらしいことがわかった。おそらく、毒で苦しんだ折にこぼしたのか、服に液体が付着しており、分析の結果、グレープフルーツジュースらしいこともわかり、その液体に毒物が混入してあることも、わかった。
 だが。
 鑑識や科捜研からの報告を読み、今年、配属になったばかりの若手・片岡巡査は言った。
「ジュースを入れたコップとか見つかってないってことは、完全に殺しだし、コップや何かは、犯人が持ち帰った、ってことですよね?」
 それに応えたのは、佐之尾よりも年上で、経験も長く、十年後に定年を迎えるが、未だ巡査部長に甘んじている文山(ふみやま)だ。
「多分な。だが、調べたところ、ちょいと、おかしなことがわかったんだ」
 佐之尾と片岡が、文山を見る。佐之尾が聞いた。
「ブンさん、なんですか、そのおかしなことって?」
「津島なんですが、アトルバスタチン製剤を飲んでいたんです」
 片岡が、首を傾げる。
「……なんですか、それ?」
「高脂血症……今は脂質異常症って呼んでるが、その症状に使う薬だ。こいつはな、作用が増強されるってんで、グレープフルーツと一緒に飲んじゃ、駄目ってなってる」
 佐之尾は、報告書を読む。使用された毒物はアミグダリン。おそらく青梅から抽出し、製造したのだろう、ということだったが。
 佐之尾は唸りながら言った。
「アミグダリンは、独特の味があるから、すぐに味の異常に気づかれる。だから、グレープフルーツの酸味で誤魔化そうとしたんだろうが、ガイシャはそもそも、グレープフルーツジュースは飲まない……」
 文山が頷く。
 片岡が言った。
「縛られたりした形跡なんかはないから、無理矢理飲まされたってことはない。だったら、自分から飲んだのか、ってことだけど、だったら、ジュースとか入れた容器がないのは、おかしい」
 結局、犯人を捕まえれば、手口もわかる、ということになったのだが、その犯人……被疑者も浮かばない。めぼしい人間には、みな、アリバイがあるのだ。
 だが、その後の捜査で、七月十二日の水曜日に、上石津市に行っていることがわかった。周囲の人間に、「誰かと会う約束がある」ような事を言っていたらしい。
 そこで、十六日の日曜日、佐之尾は自ら上石津署へ赴き、捜査協力の依頼をした。上石津署の刑事課でも、いくつかの事件を抱えていたが、協力してくれる、ということであった。
 そして先日、二十一日の金曜日。あることがわかった。そのことについて、土曜日にも裏取りをしたが、どうやら間違いないのがわかったので、今日、確認しよう。
 そう思い、佐之尾は、捜査二課へと行った。


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