「私ね、佐溝さんに、お金、貸してるんです。大学の頃なんですけど、ちょっとヤンチャしてましてね。それをネタに、大学時代は、使いっ走りのようなこと、させられてました。大学卒業して、縁が切れた、と思ってたんですけどね。六、七年前、仕事の関係で、この街に引っ越して来て。そうしたら、あの人がいるじゃないですか! なんていうか、運が悪いなあ、って思いましたよ」 この男は、何を話し始めたのか。だが、この場は黙って聞こう。 「去年の夏頃から、でしたかねえ、あの人が私に、お金を無心してくるようになりました。無視してもいいんですが、私も今は、それなりのポストにいますし。それに昔のこと、蒸し返されるの、気分良くないですしね。で、まあ、それに応じてたわけなんですが」 と、矢南は、ガラステーブルの上の、コーヒーを一口、口に含む。 「最初の頃はちゃんと、お金、返ってきてたんですが、そのうち、向こうに行ったきりになって。さすがに、その累計額が、シャレにならないものになってきましてね。会社に言うぞ、みたいなことも言いましたよ。それは、佐溝さんも自覚があったみたいなんで、先週、私、北海道に出張に行く前の日……水曜日でしたかねえ、あの人のスマホ、差し押さえたんです。本当は他のものにしようと思ったんですが、スマホは必需品ですからね。換価率も高いし、強力な一手になるなあと思って」 もしかすると、そのスマホを取り返すために、金曜日、佐溝は晴幸を脅迫してきたのだろうか? 「で、土曜の夜に、こっちに帰って来たら、ビックリしましたよ。佐溝さん、殺されてるじゃないですか! おまけに、私が殺したと疑われて、昨日は、警察に呼ばれて。どうやら、私があるバーで『佐溝さんに貸した金が戻らない』ってボヤいてたことに、警察のチェックが入ったんでしょうね。まあ、アリバイがあったんで、それ以上にはなりませんでしたがね。で、スマホのこと、思い出して。警察に持っていく前に、ふと、電源、入れてみたんです。で、ある画像ファイルが重要なファイルに関連づけられていて、特にパスワードとか、なかったようなんで、興味を覚えて、なんとなく開いてみたんです。……いやあ、驚きましたよ。あんな風にすれば、集計したときに『もとの数字』より、一桁増やせるんですねえ。勉強になりました、帝星建設、事業管理部、資金管理一課、小金井主任夫人?」 矢南は、身を乗り出し、口の端を歪めて笑いを浮かべる。 奈帆は何も言えない。思考停止に近い状態だったからだが、それを矢南は見抜いたかどうか。 それはわからないが、矢南は再び、コーヒーを飲む。 「直接、小金井さんにお話ししようと思ったんです、佐溝さんを殺したのは小金井さんじゃないか、ってね。で、今日、帝星建設本社へ行ってみたら、夜まで、会議やら何やらで、席にいない。で、まあ、小金井さん以外の、いろんな人から、世間話の振りして、それとなく聞いてみても、小金井さんどころか、帝星建設の、誰も疑われていないらしい。財布がなかったそうですから、行きずりの犯行だったのかも知れませんが」 と、矢南はまた、コーヒーを飲む。 「これは、まずいでしょう?」 上着の右ポケットを、指で叩いた。 そこに、佐溝のスマホがあるということか、それとも、単なるポーズか? 見極められない。 「……私に、どうしろ、と?」 およそ、見当はつくが、一応、言ってみる。 矢南は、ソファに背をもたせかけ、イヤらしい笑みを浮かべる。 「話が早くて、助かります。……私も困ってるんですよ。佐溝さんのおかげで、貯金、全部吐き出すハメになったし、借金までするハメになったし。今、私が使わないときは、人に自家用車を貸したり、遊休品をオークションに出したり、なんてこともしてるんですが、せいぜい、週に二、三度、外食できる程度にしか、なりませんでね」 奈帆は、立ち上がり、今、手持ちで、出せる金額のお金を、包みに行った。
|
|