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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第105回   伍の四
 結界を解除すると、そこには着物と袴姿の千紗が立っていた。
 千紗は「ごくろうさ……」と言いかけて、「うっ」と呻き、顔をしかめた。
「……お前ら、一体、何やってた……?」
 千紗が鼻をつまむ。貴織は自分の格好を見る。鎧念は解除されていたが、着物には、白い粘液がこびりつき、悪臭を放っている。隣を見ると、紫雲英も同じようだった。髪にも顔にも、臭くて白い、粘っこいモノがついている。貴織も、顔に粘液がこびりついてるのを感じていた。
「……うん。いろいろとあったのよ……」
 そう答える以外にない。
「そうか」
 と、千紗は距離を取り、近づこうとしない。それに屈辱的なものを感じていると、鼻をつまんだまま、千紗が言った。
「ちょっと、気になることがある。確認するが、伊達。山精のディザイアが現れた時、ムラマサは現れたか?」
 見ると、紫雲英は少し考えて、
「そんな気配とか、なかったッス」
 と答えた。
「そうか。……例の大蜘蛛の時は、現れた。梓川、お前が『腕』の禍津邪妄と闘った時は、どうだった?」
 思い出してみる。
「来なかったわ」
「あの時は、長丁場だったか?」
「いえ。それほど時間は、かかってない。多分、一、二分程度だったと思うけど?」
「……そうか。大蜘蛛の時は、ディザイアが移動したこともあって、割と時間が経っていたらしい。私が、今回のディザイアの前段階である禍津邪妄と会敵したときは、さほど時間はかかっていない。だが、それでも、二、三分は経っていたと思う」
 そして、目つきが鋭くなる。
「イシュタムの時も、少々、時間が経っていた。そして、ムラマサが現れた。……これから、あることが見える」
 紫雲英が首を傾げる。
「あること?」
「ムラマサが現れなかった時は、短時間か、結界が張られていた。特に、結界を張っていた時は、ある程度、時間が経っていたにもかかわらず、ムラマサが現れる気配さえなかった。山精、そして、今回だ」
 なんとなく、頭に浮かぶ。
「つまり、ムラマサも、ディザイアを常にモニターしてるわけじゃないってこと?」
「ああ、理由はわからないが、ある種のタイムラグがある。さらに、結界を張れば、やつにも感知できない、ってことだ」
 紫雲英が言った。
「だったら、結界を張れば、やつの邪魔はない……って。そういえば、『結界の話』は、結局……」
 千紗が頷く。
「もう、随分前から議題に上っていることだが、全員が結界形成の能力を身につけるのは、難しい。そういうアイテムなり、咒符を開発するという話もあったが、そもそも顕空のものは、持ち込めないようだ」
 貴織がかけている眼鏡も、「こちら側」で調達したものだ。
 その時、貴織の中に「そろそろ顕空へ帰る頃」のような感覚が起きた。
 なので、言った。
「それなんだけど、さ、千紗。あたし、前から考えてることがあってね……」
 と、貴織は結界形成について、自分が考えていたことを話した。それを聞き、千紗が唸る。
「梓川、確かに、その発想はいいかも知れんが。だが」
 そのあとを、紫雲英が続けた。
「うまくいくかどうか、わからないし、失敗したときのリスクは、想像すらできないッス」
「それはわかってる。でも、検討する価値、あると思うんだ。あたし、占ってみたんだけど、実行しなかった時は『月』のアップライト……『停滞』だけど、実行したときは『審判』のアップライト……『挑戦する価値あり』、って出たの。もちろん、あたしの占いなんて、当てにならないかも知れないけど。……副頭に相談してみても、いいんじゃないかな? その上で、清嘉(さやか)ちゃんに占断してもらうっていうのは?」
 千紗は、まだ考えていたようだが。
「わかった。相談してみよう」
「有り難う。じゃあ、あたし、そろそろ帰る頃みたいだから」
「そうか、……じゃあ、梓川が直接話した方がいいかも知れんな」
 というわけで、貴織が本部にレポートを送ることになった。
 帰り際、千紗が紫雲英に「すまんが、別々に帰ろう」とか、言って、紫雲英が「ええーッ!?」と泣きそうな声を上げているのが聞こえた。


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