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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第102回   伍「多色なる『思い』」の一
 沢子の待ち合わせ場所は、麻草(あさくさ)の雷門(らいもん)だという。
 道々、千紗たちは沢子から、その寫眞屋の話を聞いていた。名前は「殿頭憲保(でんがしら けんぽ)」だそうだ。二十歳そこそこの、痩せぎすの男だという。
「私もね、いかにも神経質そうな男だと思ったんですけどね。でも、芸術家肌の人って、そういうとこ、あるでしょ? たとえば漱石先生は、神経衰弱で、随分、難儀なさったそうですし」
 いや、漱石は盗撮マニアのストーカーじゃないから!
 のど元まで出かかった言葉を呑み込み、千紗は言った。
「でも、婦女子のあられもない寫眞を撮って、悦に入ることだけが目的の輩は、絶えないから。もし沢子さんが、そのような者の毒牙にかかろうものなら、我々も心が痛むし」
「千宝寺様って、親切な方なんですね」
 と、沢子は笑顔で言った。
 そして、約束の場所に着くと、人が多い中でも、はっきりとわかる、独特の「気」を漂わせる者がいた。
 スーツ姿だったが、着慣れていないような、遠目にもわかる強烈な違和感がある。だが、千紗が気になったのは、そこではない。
 咒符を確認するまでもない。この「気」は、もともと「こちら」にいた者が発するような「気」ではなかった。
 これまでも、たまにいたが。
 咒符の反応を確認するまでもなく、ディザイアだとわかるものたちがいた。これまでの経験では、そういうものは若年者が多かったようだ。
 若さ故、制御できない精神エネルギーが暴走し、漏れ出ているのかも知れない。
 男が、笑顔を浮かべて歩み寄ってきたとき。
 千紗たちを……いや、千紗を見て、歩を止め、表情を強ばらせた。
「ほう? 私に見覚えがあるか?」
 ニヤリとして、千紗は言った。
 直後、貴織が懐から咒符を出す。放電のようなエネルギーが閃いていた。
 男が肩をふるわせる。
「ぼ、ぼ、僕を、邪魔するのか……! せっかくネイ様から、この力を授かったのに……。思う存分、コレクションを増やせる力を手にしたのに……!」
 ネイ様? もしかして、大公妃、あるいは、大公后の名前だろうか?
 そう思っていたら、天から勾玉が降りてくる。金は紫雲英(れんげ)に、銀は貴織(きおり)に。
「梓川(あずさがわ)、沢子さんは、私が!」
 千紗がそう言った直後、男の姿がドロドロに溶け崩れ、一盛りの灰色の粘液体になった。人々の悲鳴が、あちこちから響いてくる中、その粘液体が盛り上がり、高さ二メートルほどの、円錐形……といっても、きれいなものではなく、子どもが砂遊びで作ったもののようにいびつだったが……になる。黒いその表面には、無数の目が開いていた。
 沢子が悲鳴を上げる。その腰が抜け、へたり込みそうになるのを、支えていると、「ヨロイ」を着た紫雲英が言った。
「太歳(たいさい)ッスかね?」
 同じく「ヨロイ」を着た貴織が聞いた。
「何、それ?」
「前、好きだったアニメに出てきた、化け物ッス。目ン玉がいっぱいついてて、主人公が、一つずつ、その目を銃で撃ち抜いて。最後に一つだけ残ったやつが、でっかい目玉の化け物になるンスよ」
「伊達(だて)、お前の言っていることがまるでわからんが、多分、あれは、太歳じゃないな」
 と千紗が言うと、二人がこっちを見る。
「おそらく、目目連だろう」
 紫雲英が首を傾げる。
「モクモクレン?」
「ああ。障子のマス目の、一つ一つから、こっちを覗いてる、っていう、目的不明、正体不明の妖怪だな」
 貴織が苦笑する。
「まるで、ストーカー、だわね、それ」
「何にしても、倒すッスよ!」
「オーケー。結界は任せて」


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