僕の言葉に、桑原さんが、二人を見る。 「その不正経理を掴んだのが、富士岡(ふじおか)さんっていう人。富士岡さんから相談されて、実際に動いたのが、帝星建設人事部部長・桑原俊行(くわはら としゆき)。私の父なの」 「……え?」 なんか、衝撃的な言葉が聞こえたような気がした。 僕が抱いた戸惑いには、おそらく気づく事なく、桑原さんは話を続けた。 「父の行動で、不正経理を行った人は刑事訴追、横領したお金が流れていた子会社の石毛(いしげ)建設設計は、倒産。その影響で、石毛建設設計と取引があった合崎電業(あいざきでんぎょう)も、連鎖倒産。……村嶋さんは、石毛建設の社員だった人、合崎さんは、合崎電業の社長だった人」 「そうなんですか」 経済の難しい話は、僕にはよくわからない。でも、倒産するとなると、負債の整理とかがあるんだろう。場合によっては、何もかも失う事もあるかも知れない。 「富士岡さんは、父が工事監理課にいた頃の、部下で、特にかわいがってたみたい。それで、父に相談しに来たのね。私も、全部じゃないけど、話が耳に入ってきて。結局、穏便に済ますわけにはいかないらしくて、大きな騒ぎになった。……石毛建設の社長さん、自殺なさったの」 静かな衝撃が、僕の胸を貫く。 「『自分の死亡保険金で、社員の退職金をなんとかして、負債も一部、返済して欲しい』。そんな感じの事が、遺書に書いてあったらしいわ。合崎電業も、結局、倒産する事になって。合崎さんも投身自殺を図ったけど、死にきれなくて、その時に左脚に大きな怪我をして、その後遺症で……」 合崎さんは、苦しそうに息を吐きながら、一段一段、石段を登っていた。 「私が責任を感じるのは、違う、って思う。兄にも言われたわ。でも、もし父が、穏便な形での処理を、会社に提言していたら、また違った結果になったんじゃないかって、思うの」 「詳しい事はわからないけど。そういうのって、監督官庁に報告しないといけませんよね? それに、悪い事をしたんだから、それなりに、さばかれないと」 僕がそう言ったとき、桑原さんが、石段を登り切ったところへ小走りに歩み寄り、合崎さんに手を貸していた。 その時の僕は。 桑原さんは、単なる感傷に浸っているだけだ。 そう、思っていた。
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