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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第1回   序「帝都、壊滅の刻」の一
 僕の目の前にいるのは、巨大な七本首のドラゴン。
 体高は十メートルはあるだろうか。全身は赤く輝いているけど、その輝きは決して、希望に満ちたものじゃない。例えるなら、地下から噴出し、大地を呑み込んで地獄へとかえる、マグマの赤。
 時刻はもう午後十一時をだいぶ回っている。その暗闇の中で、ひときわ明るく赤く光る巨体は、この世の終わりを思わせ、事実、「この世界」の終わりを意味しているという。
 僕がいるのは、帝都駅前の大広場。見上げると、遠くには、「帝都文化産業振興タワー」通称「帝都タワー」がある。その高さは、二百メートル。帝都で一番高い建物だという。
 だけど、実際の帝都にはこんなものはない。いや、そもそも「帝都駅前大広場」なんてものがない。
 そう、ここは、本当の帝都……東京じゃない。僕も、まだ詳しいところは教えてもらってないけど、「大正十二年八月」の「帝都」を、コピーした世界なのだそうだ。
 ドラゴンが咆哮する。僕は小さい頃から教わっている武術……「央心(おうしん)流拳道」の基本の構えをしつつ、呼吸を整える。まだ、師範代にも勝ててないけど、ここでは、戦力になりたい!
 僕は駆け込んで、すばやくドラゴンの下に潜り込む。そして、さらに足を踏み込み、その剄力(けいりき)で拳(こぶし)を天に向けて突き出す。顕空現界(けんくうげんかい)……現実世界では出来ないけど、ここ、冥空裏界(めいくうりかい)では、「氣」を「弾丸」や「剣」、あるいは「槍」として撃ち出す事が出来る。
 僕の拳から、氣が槍のように伸びる。でも、その穂先は、命中した途端、消え去った。完全に「氣合い」負けだ。
 不意に、ドラゴンが消え、夜空が見えた。中空に、満月が輝いている。気配を探って、頭(こうべ)を巡らせたとき、五十メートルぐらい先に、七本首の赤いドラゴンの姿が見えた。四足獣のような身体だけど、決して鈍重というわけではないらしい。
 その時、空から、芯の通ったような、若い女性の声がした。
『何してる! 「バビロンの大淫婦(だいいんぷ)」は、まだ健在だ!』
 そうか、あのドラゴン、「バビロンの大淫婦」って呼ばれてるのか。
 僕は、ドラゴンの方へ向かって、走った。
 夜の街中は、まったくの無人だ。人の気配がまったくない。ここは、コピーされた世界だけど、無人というわけではないらしいから、ちょっと奇妙だ。実際に、僕もここで過ごし、ここの住人と交流している。感覚的には、とてもコピーされた人間とは思えないほど、リアルだ。
 もうすぐ追いつく、となったとき、大淫婦が跳躍した。大きく重そうな身体なのに、軽々と跳び上がり、近くの高層ビルの屋上に跳び乗る。僕も、そのビルの壁に足をかける。そして、脚に「氣」を巡らせ、駆け上った。垂直の壁を踏みつけ、同時に、足の裏から、氣を壁に縫い付ける。これを維持しながら、僕は、壁を駆け上がった。
 屋上にたどり着いたとき、そこには、大淫婦の姿はなくなっていた。その代わりに、そこにいたのは、体高七、八メートルほどの、三本首の巨大な黒い犬。ギリシャ神話に出てくる、地獄の番犬、ケルベロスのようだ。そして、それと対峙する、一人の長髪の少女。上半身は巫女さんが着る舞衣(まいぎぬ)に似た白い服、下は、ピンク地に焦げ茶色のチェックが入ったプリーツスカート、右に白いオーバーニーソックス、左に黒いオーバーニーソックス。履いているのは黒いショートブーツ。チグハグな感じの妙な服装だけど、これにはちゃんと訳がある。
 少女の名前は神室天夢(かむろ あむ)。僕と同じ帝都浄魔防衛隊(ていとじょうまぼうえいたい)の一員、ていうか、先輩だ。もっとも、僕より二つ年下の十七歳だそうだけど。


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