剣を右手にしたグレーテルの左胸に、ダガーの刃が呑み込まれていました。 「……う、……う、そ……」 震えながら、グレーテルが自分の胸を見ます。彼女には、コレがどう見えているのでしょう。ゆっくりと刃(やいば)を抜くと、ダガーの刃はベットリと血に濡れていました。グレーテルがすかさず左手で傷口を覆いましたが、その手指の隙間から、血が溢れてきます。 そして。 ゆっくり膝をつき、グレーテルはうつぶせに倒れました。かすかに動いていますが、この分では、戦闘など、無理でしょう。 ヴォルフリンデはカイを見ます。そして、ゆっくりと歩み寄ったとき、なにかの気配を感じたので、その方に蹴りを放ちました。床の穴の横に立っていたマリーが、のけぞってかわします。踏み込んだヴォルフリンデは、ダガーを胸に刺そうとして、マリーが胸をガードする仕草を見てとりました。なので、いったん身をひねって軸線をズラし、マリーの頸(けい)動脈を狙いました。 身体の軸線がぶれたせいで、ダガーの切っ先だけがマリーの首をかすめましたが。 「ヒグッ!?」 引きつったような声を上げ、マリーが首を押さえます。その手指の間から血が溢れ……。 そのまま尻餅をつき、仰向けに倒れて、動かなくなりました。 「さて、と」 と、ヴォルフリンデはカイを見ます。カイも格闘技能は持っていますが、それは一般人より、少し優れている程度。彼女の職掌(しょくしょう)分野は情報解析なのです。 「ゲルダとジェニファーはどこ? あと、ジャックとかいうヤツと、ヘンゼルとかいうヤツは? それから、組織から何か、持ち逃げしたみたいだけど、それは何? どこにあるの?」 己の力量を悟っていると思しきカイは、ダガーから目を逸らさず、言いました。 「四人は今、森の外に、買い出しに出てるわ。持ち逃げしたものは……」 と、背後の壁、いえ、壁に偽装した扉を見ます。おそらくその先に隠し部屋でもあって、そこに隠してあるのでしょう。 「ねえ、ものは相談だけど」 「何?」 カイが値踏みするようにヴォルフリンデを見ます。 「あなたが、お金が大好物、っていうのは、知ってるわ」 「そうよ。さすが情報分析屋ね」 「『それ』を使って、組織を脅さない? うまくいけば……」 「いやよ」 間髪入れず、ヴォルフリンデは答えます。 「そんなことをしたって、組織に敵うわけないもの。そんなことするぐらいなら、ここでその『もの』を手に入れて、出世した方がいいわ」 鼻で嗤ってやると、カイが呻きます。そして。 「わかった。案内する。だから、命だけは……」 その言葉を聞き、優越感に身を浸しながら、ヴォルフリンデは言いました。 「考えておいてあげる」 バリエンの変態の金持ちどもに体を売って、体に傷をつけさせたのが、無駄にはならなかったと思いながら、ヴォルフリンデはカイの後に続きました。
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