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作品名:歪で歪んだ物語。 作者:ジン 竜珠

第97回   狼と七匹の子山羊の物語。6
「とにかく、ここにカイがいることは確認できたわ」
 ヴォルフリンデは、各地の調査員・エージェントの情報を集め、ここにカイたちと思しき者たちが流れて来たことを掴みました。そして、カイたちと一緒にいる者たちについても、素性こそわかりませんが、名前を掴んでいるのです。一人はジャックという、眼鏡をかけた長身の青年、一人はヘンゼルという、ゲルダたちとあまり年の変わらない少年、一人はグレーテルという、年下の少女、そしてもう一人は。
「アンネ・マリー。かつてハーメルンにいたという、少女。ジャックたちが訪れ、そこで大火(たいか)が起きたとき、姿をくらましたという、少女。大火で焼け死んだかも知れないけど、ストランドでジャックたちと行動をともにしていた少女の名前もアンネ。そして、ここにいる少女の名前が、マリー」
 ヴォルフリンデは、マリーが去って行った方を見ました。
「カイやゲルダ、ジェニファーは、偽名を使ってる。でも、私が『カイ』の名前を出したとき、マリーは反応した。間違いないわ、あの『マリー』は、ジャックたちと行動をともにしている、アンネ・マリーその人」
 そして、小屋を見ます。
「となると、間違いなく、ここが七人の標的……子山羊(こやぎ)どもの根城だわ。フレドリカが追っていた脱走者も気になるけど、今回のミッションは、あくまでカイたちの身柄を押さえること。それ以外のことには、手を出さない方が、無難ね」
 そして、小屋の扉の前に立ちます。ノックをしますが、返答はありません。もしや、叩き方に符牒(ふちょう)のようなものがあるのでしょうか?
 そう思い、先刻までのことを、よく思い起こしてみました。彼女の記憶力はたいしたもので、一度見ただけのカイたちの顔も、克明に覚えています。その彼女にとって、相手の挙動を注意してみていれば、再現することは、たやすいことでした。
「確か、上の方を一回叩いて、すぐに下の方を軽く叩いて、それから目の前を二回……」
 思い出しながら、扉を叩きます。すると。
「……マリー?」
 扉越しに声がしました。返答しようかどうか迷っていると、相手も警戒しているのが伝わってきます。なので、扉に顔を近づけ、小声で言ってみました。
「ねえ、カイがいるんでしょ? 会わせて欲しいの!」
 返答はありません。
「お願い! 私の名前はヴォルフリンデ。組織から逃げてきたの!」
 やはり返答はありません。
「ねえ、私の手を見て欲しいの。私、粛清者(グリム)に痛めつけられて、手がボロボロなの。あなたに危害を加えることなんでできないわ」
 すると、少しだけ扉が開きます。その隙間に、ヴォルフリンデは包帯を巻いた白い右手を差し入れます。
 しばらくして。
 扉がゆっくりと、また少しだけ開きました。目の前にいるのは、凜とした美しさを持った少女。見たことがありません。先刻の少女がアンネなら、おそらく、この少女がグレーテルでしょう。
「あなた、組織から逃げてきたの?」
 グレーテルが小声で聞きます。
「ええ。粛清者に痛めつけられて」
 そう言って、上着の前をはだけさせ、手当てをしたばかりの白い胸や腹を見せます。
 それを見たグレーテルが頷き「入って」と言いながら、扉を開けました。
「ありがとう」
 そう応えて、一歩、小屋に足を踏み入れます。すると、部屋の奥で、椅子に座り、ダガーでリンゴの皮を剥(む)いているカイの姿が見えました。そして、カイがリンゴの皮を剥きながら言いました。
「どうしたの、グレーテル? あのノックの音、マリーよね? 何か、また用事なの?」
 そしてこちらを向いたとき。


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