王都から西北の方へ一日歩くと、バリエンフェルト公スタッファンの治める自治領、バリエンがあり、その西の外れに、やや規模の大きい村と、森がありました。 ここは、バリエンフェルト公の自治権の及ぶところですが、実質的に放置でした。その関係で自警団が組織されており、それなりに機構(システム)が確立されていました。ただし、さすがに自治権までは持っておらず、ある程度の法的拘束力・法的保護・納税・労役(ろうえき)など、数種の権利・義務をバリエンから負っています。中には、それを嫌い、森の中でひっそりと暮らす者もおり、そんな者たちは森の奥深くを拓(ひら)き、コミューンを形成していました。今では、その人数は三、四十人に達しており、小さな村を形成していました。 このままでは遠からず、森の外の村との正式な交流を持つことになるでしょう。そうすれば、今は「森の中の、世捨て人による集団生活者」という見方をしているバリエンも、その自治権を行使してくることになります。このあたりをどうするべきか、というのが、現在の課題でした。
ある日の昼、そのコミューンに一人の少女がやってきました。 それを最初に見つけたのは、コミューンの責任者(アンフューラー)の息子・ヨエルでした。ヨエルはまだ十五歳でしたが、責任者の息子、ということもあり、すでに一人前として扱われていました。 「……あんた、どうした!?」 ヨエルが駆け寄ると同時に、少女が倒れます。抱き起こし、ヨエルは少女を改めて、じっくりと見ます。先刻、森の道からフラフラと現れた時、服がところどころ破れ、傷だらけだったことにもギョッとなりましたが、よく見るとこの娘が美しいことにも驚きました。 「おい、あんた、しっかりしろ!」 意識がもうろうとなっているらしい娘ですが、ヨエルの声に、うっすらと目を開けました。ですが、すぐに目を閉じ、気を失ったようでした。 それを見たヨエルは慌てて、声を上げました。 「おおい、誰か、来てくれえ!」 その声を聞いた者が二人、こっちにやってきます。それを確認し、娘に声をかけますが、娘の意識は戻りません。その手を握って励まそうとしたとき、ふと娘の両手が傷だらけなことに気づきました。一体なにをすれば、このようになるのか、ちょっと見当がつきませんでした。
男二人の助けを借りて家まで運び、娘を寝台(ベッド)に寝かせると、ヨエルは一人の少女を呼びました。 「マリー、マリー!」 しばらくして、少女……マリーが、客室までやってきました。おそらく水仕事をしていたのでしょう、エプロンドレスで手を拭きながら。 「いかがしましたか、坊ちゃま?」 「坊ちゃまは、やめてくれって言っただろ、僕と君は、同い年なんだから」 そして、寝台に眠る少女を示しながら言いました。 「どういう事情があるのか、わからないけど、ひょっとしたら男の僕が聞いちゃいけないことかも知れない。だから」 マリーが頷きます。 「かしこまりました。私がお話を聞いておきます」 「頼むよ。……僕は、森の外の村の職工組合(ギルド)に行く用事があるんだ」 そう言って、ヨエルはマリーに後を託しました。一度振り返りましたが、少女の意識は戻っていませんでした。
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