幸いにして、一軒しかない宿を取ることができたので、粗末でしたが、ちゃんとした料理にありつけましたし、きちんとした寝台(ベッド)で眠ることも出来ました。 朝早く、宿の主人(主人というには、あまりにも若い男でしたが)に礼を言って、ゲルダは目的地に向かいます。 山の麓の森を抜け、上り坂に入ったときです。目の前に、馬にまたがった、一人の少女がいました。凜とした美しい少女です。 「ねえ、この山、登るんでしょ? あたしが護衛としてついて行ってあげるわ」 少女が微笑んで、そんなことを言いました。 確かに昨夜、宿の主人に「山を登る」とは言いましたが、護衛が欲しいと言ってはいません。怪訝な表情になったのでしょう、少女が少しだけ笑って言いました。 「十五年前、この山を越えた先にある平原で、異民族討伐があったの、知ってる? その時の残党が、この山に住み着いてて、山賊行為を働いたり、時折、ストランドにまで降りてくるの。だから、ストランドには規模は小さいけど、精鋭による自警団が結成されてるの」 ストランドに自警団があるなど、初耳でした。カイは一言もそんなことを伝えてはきませんでしたから。もっとも、前回、彼女から鳩による伝書が来たときから、もう一ヶ月以上経っていますから、その間に出来た可能性もありますし、ゲルダが住んでいるところは、それほど外の情報が入ってくるようなところでもないので、彼女が知らないだけ、といってしまえばそれまでです。 見れば、少女はツヴァイハンダーを背負っています。 どうしようか? 今から行くのは、組織の人間が隠れているところ。一般人を連れていては、込み入った話は出来ません。しかし、もし山賊の話が本当なら。 ゲルダも一応、戦闘技術は持っていますが、地の利は敵にあります。何らかの罠を仕掛けられていた場合、それを解除するだけの技術は、残念ながら彼女にはありません。 ちょっとだけ考え、ゲルダは同行してもらうことにしました。ちなみに報酬は銀貨たった一枚でした。 「オレの名前は、ゲルダ。あなたは?」 「グレーテルよ。よろしくね」 少女が笑顔を浮かべました。
しばらく登り、二股に来たとき、ゲルダは馬から下り、ザックからL字型ロッドを出しました。これで、カイの居所を探るのです。こういうことを何度か繰り返すうち、どうやら、道から外れた方にカイがいるらしい反応が出てきました。 「なあ、この先に家とかあるの?」 「え!? さ、さあ、どうかしら?」 グレーテルが、妙に慌てています。地元の人でも知らないか、と思いながら、ゲルダは慎重に歩を進めます。カイの家族が殺されたのは、もう十年以上前です。その間(かん)、誰も足を踏み入れなかったとすれば、道が消えていても、おかしくはありません。 しかし、もしカイがそこに潜伏したとすれば、どこかに痕跡があるはずです。身をかがめ、草の根元が折れた形跡はないか、あるいは、足跡はないか、入念に調べます。 やがて、はっきりとした足跡を見つけました。周囲の土を触ってみると、固くなっています。これだけ固い地面で、こんなにくっきりと深い足跡が残っているということは、かなり重いものが通ったか、一時的にぬかるんでいる状態でここを通った者がいて、そのあとで、地面が乾いたか。 「グレーテル、ここで最後に雨が降ったのは、いつだ?」 少し考えて、思い出し、グレーテルは言いました。 「十日前の夜よ」 「十日前……か」 ゲルダがミッションを受けた、四日ほど前です。 立ち上がり、ゲルダは足跡を追尾しました。この先にカイがいる。 そう確信しながら。
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