時間は、ジャックたちがジェニファーを助けた夜が明けた、その朝に遡ります。 ジャックが何食わぬ顔で、ストランドバリ候ヨアキムの元へ行くと、なにやら、深刻そうな表情で、溜息をついています。 「おはようございます、お館(やかた)様。いかがなさいましたか、お顔の色がすぐれないようですが?」 「ああ、ジャックくんか、……たいへんなことになってしまった」 と、ヨアキムは自らも確認したという、貴賓館での、ブレンバリ候エスビョルン殺害事件について話しました。 「今、執事に、南にあるエーケン領に向かわせて、衛兵と治安兵の派遣をお願いしている。恥ずかしながら、ここにはそういったものが置かれていないのだ。平和そのものだからね。しかし、まさか、このようなことになるとは」 そして、深く溜息をついて言いました。 「私の処分は免れまい。爵位・領地召し上げは、やむを得ないとしても、妻と娘は……。せめて娘のマルグリットだけは、穏便にすませてもらいたいのだが。あれは、本当に不憫(ふびん)な娘なのだ」 そこまでの大ごとだろうか、という疑問が浮かびました。ブレンバリ候も護衛兵は帯同させています。つまり、ブレンバリ候をみすみす殺された責は、第一に護衛の者が負うものであって、ヨアキム一人の責ではありません。この侯爵は深刻に物事を受け止めすぎだと思いましたが。 ふと、ここに封じられた理由が「王妃の不興を買った」からだ、という噂を思い出しました。 いかなる失点があったものか。わずか数日ですが、ジャックが見る限り、ストランドバリ候ヨアキムは、噂のように、主君の妻に手を出すような破廉恥(ハレンチ)漢ではありません。おそらく真実は、もっと根深い「なにか」のはずです。さもなければ、侯爵の位にある者を、このような辺境に追いやるはずはない。 いや、ここの規模とエーケン領との位置関係から考えて、ここストランドは、本来エーケンダール伯の自治権力が及ぶはずですし、また、もともとそうであったはずです。 そう思い、ジャックは聞いてみることにしました。 「お館様。失礼とは存じますが、お館様がここに封じられた理由、お聞かせ願えませんか?」 ヨアキムが怪訝な顔をします。 「なんだね、急に?」 笑顔を浮かべ、ジャックは答えました。 「申し訳ございません。半分は、私の興味本位です」 「あとの半分は?」 首をちょっとだけ傾げたヨアキムに、ジャックは笑顔に、ある種の「確信」を乗せて答えました。 「もしかしたら、お力になれるかも知れません」 その言葉とジャックの表情から、ヨアキムは何を見たか。 しばらく置いて、ヨアキムは十年前にあったという出来事、そして、十五年前にあったという異民族討伐の時のことも話し始めました……。
ヨアキムの部屋を出て、ジャックは考えてみました。 ジェニファーの話によれば、この国の各都市や村には、規模に応じて一人〜四人程度、王都にはもっと多くのエージェントが配置されているといいます。そして、エーケンには二人ほどがいて、その内の一人がジェニファーとのこと。ジェニファーが裏切ったことは、おそらくすぐにでも、もう一人のエージェントに知られるでしょう。彼女の話では、そこにいるカイというエージェントは、情報分析に長(た)けた者だということですから、気をつけないと、ジャックたちの移動の痕跡を追跡されてしまうかも知れません。 また、王都にも、ここのことが知られ、おそらくヨアキムは聴取及び処分のため、召喚されます。 いろいろ考えを巡らせ、ジャックはヘンゼル、グレーテル、アンネ、ジェニファーを集めました。
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