確かに食事は保障されました。柔らかいパンに、四足獣のステーキ、味付けのための岩塩に、サラダ、具の多いスープにオレンジ、レモン、新鮮な水。家にいるときより、よっぽど豪華な食事でしたが、それは「商品の品質」を落とさないための「管理」でもあるのです。 やがて、十日ほど経ちました。 老婆が、いつものように、イヤらしい笑い声を立てて言いました。 「今日にでも『お迎え』が来るよ。さあ、この服に、着替えるんだ」 そう言って差し出したのは、ヘンゼルには肩当てと胸当て、グレーテルには、南方の性奴が着るような淫らな服。 老婆が、それを牢屋の前に置いたときです。 ヘンゼルは鉄格子の一本の根元を、力一杯蹴りました。容易に砕けたのを確認し、その勢いのまま、その一本をへし折って引き抜きました。 驚いている老婆の胸に、ヘンゼルは引き抜いた鉄格子を、槍の如く、突き刺しました。 伝説のモンスターのような絶叫とともに、老婆がくずおれます。 「ど、どうやって、檻(オリ)を……」 血を吐きながら言った老婆の言葉に、ヘンゼルが答えます。 「あんたがくれたレモンを搾って、それと水と岩塩とを、鉄格子の根元やらに塗ったんだ。腐食が進んで、古くなってた鉄棒が、へし折れたってわけさ」 その言葉の意味が脳に染み入るより早かったのでしょう、老婆が首を傾げた直後に、再び、絶叫しました。見ると、老婆の胸から鉄棒が生えてきています。グレーテルも、同じことをしたのです。
牢から出て、老婆を見下ろすヘンゼルとグレーテルに、老婆が、またイヤらしい笑いを貼りつけて言いました。 「ここを出たって、お前らに安住(あんじゅう)の場所なんて、ないよ」 「どういうことだ?」 ヘンゼルの問いに、口の中に溜まった血を吐き捨て、老婆が言いました。 「お前たちがここに来たのは、偶然じゃない。……売られたんだよ、二親(ふたおや)にね!」 それを聞いたグレーテルが両手で口を覆い、涙ぐみます。横目でそれを見たヘンゼルは、反射的に老婆の襟首を掴みました。 「キサマッ!」 老婆が、弱々しい、しかしあざ笑う声を上げて、言いました。 「お前たちを待っているのは、修羅の道さ。せいぜい、兄妹、仲良くするんだよ」 そして、体中の空気を吐き捨てるような高笑いを上げ、絶命しました。
その部屋は地下室だったようです。二人は一階へと上がり、隠し部屋を見つけました。そしてそこに、武器と、地図を見つけました。 「そうか、母さん、この地図の目印を見てたのか」 そう呟き、ヘンゼルはグレーテルを連れて家を出ました。そして、懐かしい我が家へと帰ってきたのは、夕暮れのことでした。
|
|