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作品名:歪で歪んだ物語。 作者:ジン 竜珠

第75回   親指姫の物語。10
 通り雨だったらしく、雨は止んでいました。山の麓にある森の中を走っているときです。
 水たまりを足の裏が叩く水音に混じって、何かが聞こえます。思わず立ち止まったとき、風の唸る音が下からはるか上空へと走り、再び下に振り下ろされました。
 とっさに避けると、一瞬前までいたところに、銀光が落ちてきました。
「ツヴァイハンダー!?」
 その銀のシルエットは、五ジャーマンエル(約二メートル)ほどありそうな大剣でした。その大剣が再び、宙を薙ぎました。
 それをかわすと、大剣が近くにあった樹を一本、伐り倒します。
 間合いを取ると、そこにいたのは、ストランドバリ候の邸宅でメイドをしていた、力持ちの少女。名前は確か……。
「グレーテル!? あんた、一体……!?」
 グレーテルは、瞳に冷たい光を宿し、大剣を突き込んできます。それをなんとかかわし、木の陰に隠れましたが、グレーテルは樹ごと「シュヴ」を斬りにかかります。なんとかかわし、木の陰に入りますが、グレーテルは隠れている樹ごと斬りにかかるので、意味はありません。
 そんな風にかわし続けていると、突然発砲音が轟き、何かが頬(ほほ)をかすめていきました。
「今度は、狙撃ッスか!?」
 隙を見てグレーテルのふところに飛び込み、口に手袋を突っ込もうとしていた矢先、今度は、銃撃です。おそるべき連携でした。それはまるで、右へ逃げると、その方に弾丸が飛んできて、左に避(よ)けると、左に飛んでくる。常に大剣の振り下ろされる位置へと、弾丸によって誘導されているようです。
「……? じゃなくて、弾丸の飛んでくる方向へ誘導するように、ツヴァイハンダーが来て、それをよけると、またツヴァイハンダーでその方へ誘導されてるみたいッスねえ……」
 その時、グレーテルのはるか後方で、拳銃を構えた少年が見えました。あの少年にも見覚えがあります。確か「ヘンゼル」という名の庭師でした。
 何か、妙な具合です。なぜ、自分よりも先に入っていたメイドと庭師が、このようなプロフェッショナルなことができるのでしょう? いや、なぜ、このタイミングで「シュヴ」に牙を剥(む)いてきたのでしょう?
 そのようなことを思いながら逃げていると、不意に。
 ぬかるんだ地面にあって、なにか硬いものを踏んだ感触がありました。金属音がして、「しまった」と思った瞬間、背後で何かが動く気配があって、突然、「シュヴ」の右脚に縄が絡まり、勢いよく宙づりになりました。
「若木に縄をくくりつけて、それを引っ張り、縄の先を輪っかにして、獲物がかかるのを待つ。『音』を合図に縄から手を離すと、獲物が宙づりになる。……剣も銃も、ここへ誘い込むためのブラフっスか」
 天地逆さまの彼女の視線の先にいるのは、臨時雇いの執事、ジャックでした。彼女が吊り上げられたのは、かなりの高さらしく、長身のジャックの目を逆に「見上げる」格好になっています。
「あんたらの目的は何ッスか?」
 ジャックが薄い笑いを浮かべて答えます。
「その荷物、いただけませんか?」
 なるほど。もしかしたら、こいつらは、ブレンバリ候の手の者だったのかも知れません。
「冗談じゃないッス……」
 そう、言いかけたとき。
「……グ?」
 いきなり、体が強ばりました。呼吸こそ出来ますが、指一本、動かせません。一体何が起きたのか、と思って、目だけを動かすと、ヘンゼルとグレーテルがこちらに歩いてくるのが見えました。その二人の背後に、もう一人。あの少女にも見覚えがあります。アンネという名前だったと記憶しています。
 動けないでいると、ジャックが手を伸ばし、「シュヴ」のザックを奪い、四人は去って行きました。


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