艶っぽく微笑んで、「シュヴ」は服を脱ぎ始めました。 「お、おい、何をして……」 ブレンバリがうろたえ始めました。それに構わず、「シュヴ」は手袋以外、身につけたものを、全て脱ぎ捨てます。ブレンバリが生唾(なまつば)を呑むのが分かりました。 「エスビョルン様ぁ」 と、なまめかしい声を出して、「シュヴ」は、右手でブレンバリの左頬をなで、その右耳に口を近づけて言いました。 「ねえ。ご当主様には、内緒にしておいてくださらない? 私が勝手にやってることなの。ていうかぁ、私ぃ、このお屋敷で、めぼしいもの見つけて、明日の朝までに、ずらかるつもりだったのよぅ。黙っててくれたら」 と、「シュヴ」はそのまま、ブレンバリの右頬にくちづけます。 「う、うむ。お前が、その気なら、私一人の胸におさめることも、やぶさかではない……」 すっかりいやらしく緩みきった顔をした、ブレンバリの言葉を聞きながら、「シュヴ」は右手の手袋を外します。ですが、その下に、もう一枚、、手袋をはめていました。 「シュヴ」は、艶然(えんぜん)と微笑みながら……。 いきなり、その右手指をブレンバリの口の中に突っ込みました。 「ウグッ!?」 ブレンバリが体を硬くしましたが、構わず「シュヴ」は右手の指で、ブレンバリの口の中を引っ掻きます。 しばらくして指を抜き、離れると、ブレンバリが咳き込んで、そして「シュヴ」を睨みました。なにか、言おうと、凄まじい形相になった時。 「なんだ、この臭(くさ)いニオイ……? グッ!?」 ブレンバリがいきなり、ひきつけを起こしたように体を強ばらせ、仰向けに倒れました。その刹那、ブレンバリの手から燭台を奪い、それをもって、倒れた貴族を照らします。 目だけをギョロリとこちらに向け、かすれた声でブレンバリが言いました。 「な、なにを、した、き、さ……ま……?」 ニヤリとして、「シュヴ」は答えます。 「この手袋には、高濃度の亜ヒ酸溶液が塗ってあるンス。おまけに指先には亜ヒ酸の粉つき。お前の命は、そんなに長くないかなあ?」 そして、右手の親指を立て、腕を突き出すと、その手首を百八十度回転させ、親指を地面に向けて突き出しながら言いました。 「Go to Gehennaッス、スケベオヤジ!!」 彼女が右手にはめているのは、彼女の時代から二〜三世紀ほど前に、フィレンツェという街にいた「メディシス」という家の女が、敵の毒殺に使った「毒手袋」という暗殺道具です。本来は、言葉巧みに、相手に、はめさせて毒で蝕むのですが、彼女は、その濃度を上げて、直接相手を殺すようにしているのです。組織に拾われてきた小さい頃から、少しずつ毒を摂取して耐性をつけた彼女だからこそ、使える得物でした。 ブレンバリが痙攣(けいれん)するのを見ながら、「シュヴ」は服を着込み、本と、その所有者がブレンバリであることを証明するブレンバリ家の紋章(本の裏表紙裏に押してありました。かなり古いもので、一ヶ月や二ヶ月前に押されたものではないと、はっきりとわかるシロモノです)を手に、部屋の窓を開けました。一度振り返ると、ブレンバリは動かなくなっていました。 外へ飛び出して駆けだしたとき、どこかでフクロウが鳴いているのが聞こえました。
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