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作品名:歪で歪んだ物語。 作者:ジン 竜珠

第71回   親指姫の物語。6
「ねえ、シュヴァルベ。あなたの名前、ちょっと変わってるわよね?」
「ある地方の言葉で、『ツバメ』っていう意味があるそうです。『シュヴ』でいいッスよ、お嬢様」
「そう。……シュヴ、あなた、とても強そうだけど、体、鍛えてるの?」
 少女は、軽く笑って言いました。
「私が住んでたのは、山の中なんで、力仕事とか、山賊対策に、護身術とか、いろいろとやってたンス」
「そうだったの。確か、ここへは、旅の路銀(ろぎん)稼ぎに来たっていうことだったけど、どこへ行くの?」
「風の向くまま、気の向くまま。特に目的地なんか、決めてないッス」
 笑顔の少女を見ていると、マルグリットは心底、羨望(せんぼう)の念が沸いてきます。
「いいなあ。私も、旅がしたいわ」
 そんな会話をしていると、廊下で一人のメイドの少女とすれ違いました。籠(かご)に入れた、大荷物を抱えています。どうやら、ブレンバリの従者たちの荷物の、その一部のようですが、重そうなのに軽々と持ち運ぶ様は、驚きでした。華奢(きゃしゃ)な体に似つかず、たいへんな力持ちです。この少女も、先の青年と同じ頃に雇い入れた者でした。
 部屋まで来たとき、一人のメイドの少女が待っていて、マルグリットに言いました。
「お嬢様、お湯を張ってございます。お手伝いいたします、湯浴(ゆあ)みを」
 と、一礼します。この少女は、先の二人より、二日ほど前にメイドとして雇い入れた者です。
「わかったわ、有り難う。先に行ってて」
 お辞儀して、少女は歩いて行きました。
 それを見送り、マルグリットは、溜息をつきました。
「どしたッスか、お嬢様?」
「え? ええ、あの男……ブレンバリ候エスビョルンがまた言い寄ってくるだろうなあ、と思うと、気が塞ぐの」
 その言葉を聞き、少し考えて、シュヴがニカッと笑い、右手の親指を突き立ててコチラに腕を伸ばすと、言いました。
「任せるッスよ、お嬢様!」
「何、その親指を突き立ててるのって?」
「私の住んでたトコでは、これって、『任せろ』とか『大丈夫』とかっていう意味ッス!」
「そ、そう?」
 なにやら、意味のわからないジェスチャーですが、シュヴの笑顔を見ていると、どこか安心感が湧いてきます。

 少女と別れ、マルグリットは浴室へと向かいました。そこには、さきほどの少女が待っていました。美しい少女です。先ほど廊下ですれ違った少女も美しいのですが、あちらは凜とした美しさ、こちらは、ほのかに色香が漂います。
 その時、一人の少年が現れ、少女に何やらあごをしゃくりました。この少年は、この少女と同じ日に庭師として雇い入れた者です。顔見知りらしく、時折、お喋りしているのを見かけます。それに頷き返すと、少年はマルグリットに一礼して、去って行きました。
「さあ、お嬢様。お召し物を」
「え? ええ……」
 先ほどの無言のやりとりが気になりましたが、自分には関係ないだろうと思い、マルグリットは少女に近づきました。


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