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作品名:歪で歪んだ物語。 作者:ジン 竜珠

第7回   ヘンゼルとグレーテルの物語。3
 森の奥に、切り拓いた場所があり、そこに老婆の家がありました。とても立派で、町の金持ちが住んでいる家ほどではありませんが、それでもヘンゼルの住む村の、村長(むらおさ)の家より、立派です。こんな森の奥にあるのは、とても不自然なほどの家でしたが、疲れていた兄妹は、そのまま厄介になることにしました。
「さあ、お食べ」
 そう言って、老婆が、兄妹に食事を振る舞ってくれました。
 驚きました。
 具の多いスープに、グレーテルのほっぺたよりも柔らかいパン、鳥の足に、プディング。そして、オレンジやレモンといったフルーツ。こんな豪華な食事など、食べたことがありません。ヘンゼルは夢中になって、食事を貪りました。
 しかし。
 なんでしょうか、舌がビリビリと痺れます。それだけではありません、手の指先の感覚がなくなってきています。さらに、上半身を支えるだけの力も、腰から抜けていきます。ふと正面を見ると、グレーテルがテーブルの上に突っ伏しています。
 ここへ来て、ヘンゼルは気づきました。
「……テメエ、一服、盛りやがったな……」
 そう毒づくと同時に、ヘンゼルの意識はブラックアウトしていきました。
 老婆の嘲笑の声を聞きながら。

 気がつくと、そこは牢の中でした。
 銅製の鉄格子は、ボロボロに錆びており、まるで「何年も使い込まれている」、そんな感じでした。
 正面の牢屋には、グレーテルがいて、こちらを心配そうに見ています。
「あ、気がついたのね、ヘンゼル」
 その言葉に応え、ヘンゼルは起き上がりました。
「あの婆さん、なんで、こんなことを……?」
 グレーテルが「わからない」と首を横に振ったときです。
 牢屋のある部屋の扉が開いて、老婆がやってきました。
 いやらしい笑い声を立てて、そして、言いました。
「気がついたかい? 安心おし、お前たちを殺しゃしないさ、大事な『商品』だからねえ。今、伝書鳩で連絡を出したから、『組織』から『迎え』が来るのは、十日ほど先になるかねえ」
 そして、グレーテルの顎を指で撫でます。反射的にグレーテルがのけぞります。それを見て、くぐもった笑い声を立て、老婆は言いました。
「娘の方は、すぐにでも『客』をとれそうだ。お前は……」
 と、ヘンゼルを見ます。
「どこかの剣奴(けんど)として、役に立ってもらおうか」
 そして、下卑た笑い声を立てます。
「お前たちは大事な商品だからねえ、食い物は食わせてやるから、安心おし」
 そして、部屋を出て行きました。
 しばらくして、ヘンゼルは言いました。
「すまねえ、グレーテル。兄として、絶対にお前(めえ)を護ってやるって、誓ったのに」
 グレーテルが柔らかに微笑み、言いました。
「いいのよ、ヘンゼル。ただ、『最後の瞬間』は、あなたと一緒に、って思ってたんだけど」
 そう言ったグレーテルの瞳は、「女」の目になっていました。
「グレーテル」
 ヘンゼルは、鉄格子の隙間から腕を伸ばします。
「ヘンゼル」
 グレーテルも、鉄格子の隙間から腕を伸ばします。
 しかし、二人の指が結びあうには、あとほんの少しだけ。そう、ほんの少しだけ、届かなかったのでした。


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