「やあ、フロイライン・マルグリット」 マルグリットが図書室にいると、晩餐の席で顔を会わせたブレンバリ候エスビョルンが、入ってきました。 マルグリットは、この男にいい印象を抱いていません。見た目はヒキガエルのよう。食事中も、マルグリットを見る目は粘着質で、口元には下卑た笑いが、時折、浮かんでいました。 ブレンバリ候が近づいてきました。 顔に貼りついた笑みが、図書室の壁にしつらえられた燭台(しょくだい)の、弱い光とあいまって、マルグリットには屠殺(とさつ)する牛を品定めしている、仲買人のように思えました。 思わず後じさりましたが、すぐ書架に背がぶつかります。 「な、なんでしょうか?」 声が震えているのが、自分でもわかります。これは「女性としての危機感」というより、「人間としての危機感」によるものでした。 「そう、恐れるな。よく考えろ、お前のようなキズモノ、誰が好き好んで、妻に迎えるというのだ? せいぜい、庶民の男がいいところだろう。下手をすると、下民(げみん)の慰(なぐさ)みものになるのが関の山」 笑うと、ブレンバリ候は無遠慮に、マルグリットが首に巻いたストールを、引きはがしました。 声を上げ、喉を隠そうとしましたが、それより早くブレンバリがその腕を掴みます。 「ほう……。これは思ったより……。いや、見ようによっては、なかなかに芸術的ではないか」 そう言って、ブレンバリがくぐもった笑い声を立てます。屈辱的な言葉に耐えていると、自然と涙がこぼれました。
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