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作品名:歪で歪んだ物語。 作者:ジン 竜珠

第68回   親指姫の物語。3
 ストランドバリの家門は、超名門とまではいいませんが、それなりに格式のある家柄です。この国が建国された折に功績のあった騎士の子孫で、十五年前に北方の原野で起きた、異民族討伐の際には情報収集などで、著しい功績を挙げたとか。
 ところが、十年前に今の王妃が後添えに入ってから、なんらかの不興を買ってしまったらしく、北にある辺境に封じられてしまいました。候は国王にその処分について考え直してもらうよう、直訴したそうですが、国王はすでに王妃の言いなりになっていたようです。あくまで宮廷内の醜聞レベルでの話ですが、ストランドバリ候が王妃に言い寄ったため、国王に忌避されたのだ、ともいわれています。
「なにをやらかしたんだかなあ……。数度、会っただけだが、私の感覚では、あの男、金剛石(ダイヤモンド)よりも剛直な堅物だ。色香に迷うなど、考えられんがなあ」
 ストランドに到着し、教会での挨拶と司教の引き継ぎを終え、エスビョルンはストランドバリ候の邸宅に向かいました。
 そういえば、今回、司教が交替するのも、王妃の差し金です。そして、今度の司教は、王城で「儀式」を担当している者の一人です。今度は、ここで悪魔召喚の儀式を行おうというのでしょう。

 夕闇が迫る頃、到着したしたストランドバリ候の邸宅は、王都の金持ちの邸宅と、大差ありません。これがかつて、十五年前に大功をおさめた者の住むところかと思うと、哀れさえ感じます。
「噂に違(たが)わぬ、田舎よのう」
 王都から馬車で、あちこちの都市に寄り道しながら十六日ばかりかけてやってきたストランドは、想像以上の田舎でした。山を回り込む関係で、ほかの街とは景色も変わっており、同じ国内とは思われません。見渡す限りの畑。北へ一日ほど歩くと、十五年前の異民族討伐の舞台となった平原。点在する家の多くは粗末な木組み。教会や集会所、酒場、娯楽施設と思しきものは石造りですが、規模は、道中見た、どの施設よりも粗末でした。
 十五人の従者を引き連れて門をくぐると、ストランドバリ候ヨアキムが直々に出迎えました。
「ようこそ、ブレンバリ候」
 爽やかな笑顔を浮かべるヨアキムとは、エスビョルンはさほど親交があるわけでは、ありません。この男の持つ、清廉(せいれん)さが息苦しいのです。
「これはこれは、ストランドバリ候。一年ぶりですかな? 本来なら、当地に入りました際には、まっすぐこちらに参らねばならぬところ、司教の交替に同席しておりました故」
 馬車から降り、エスビョルンも笑顔で応えます。
「お気遣いなど、無用ですよ。お使者の方からの文(ふみ)をお読みすれば、そちらの方が重要な用務ですから。……ところで、このところ、頻繁に王都から貴族の方々がお見えになりますが。一体、このような辺境に、何用でしょうか? 皆様、静養だとか、巡察の途中に寄ったなど、今ひとつ、はっきりとしないのですよ。それに、候の用向きは他にもあるご様子。一体、いかなるご用向きで、このような辺境までお越しに?」
 ブレンバリ候は、考えておいた理由を口にしました。
「他の貴族の用は知りませんが、私は……。候のご息女、フロイライン・マルグリットはお年頃だとか。私も妻に死なれて、もう何年も経ちますのでね。いろいろと寂しいのですよ。……もし、よろしければ、『お目通り』をお許しいただけますかな?」
 笑って言ったその言葉に、ストランドバリ候の顔が翳(かげ)ります。
「それは……。娘はとうてい、候のお眼鏡に適うようなものではございません。不作法者ですし、なにより……」
 ストランドバリ候が言いよどみます。その理由は容易に推量できますが(おそらく喉元の火傷跡を気にしてるのでしょう)、ほかの理由もある様子。おそらく「ブレンバリは、貴族の中でも、下品で下劣な男」という噂を信じているのでしょう。
 貴様のように、清廉潔白な男の方が、世の異分子なのだ。
 そう思いながら、エスビョルンはストランドバリ候の執事に案内されるまま、貴賓(きひん)に用意されたゲストハウスへ入りました。


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