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作品名:歪で歪んだ物語。 作者:ジン 竜珠

第66回   親指姫の物語。1
 ブレンバリ候エスビョルンには、ある「使命」がありました。一つは、辺境ストランドにある教会の、新司教の護衛。ストランドの司教を「交替させる」ことになったので、エスビョルン旗下の兵士で護衛することになったのです。そして、今ひとつは。

「ブレンバリ候」
 と、王妃は大広間で、言いました。朝早く呼びつけられたかと思えば、何やら妙な用事を言いつけられる様子。二十五ジャーマンエル(約十メートル)の長細い机の向こう側にいて、王妃は言いました。
「ストランドバリ候の周辺に、妙なネズミがうろついているかも知れない。それを探って欲しいんだ」
「ネズミ、とは?」
 エスビョルンは、三十八歳でしたが、現在、独り身でした。かつては妻がいましたが、その妻は「不慮の事故」により、亡くなっています。その死について、街の人々はいろいろと噂していますが、所詮は庶民のする「貴族の醜聞(スキャンダル)話」、酒場で卑しい身分の者どもが、自分たちのはるか上の存在をこき下ろし、一時(いっとき)、憂さを晴らす、ただそれだけの些末な物語に過ぎません。
「いつだったか、シンデレラと名乗る娘が、パーティーの夜に城内をうろついたことがあったけど、思えばアレが始まりだったのかも知れないねえ……」
 と王妃は、それに続けて、かつて侍女としてやってきた者、楽士としてやってきた者、服の仕立屋としてやってきた者、貴族の娘としてやってきた者、王子が直々に見初めた者の話をしました。
「貴族の娘っていうのは、ストランドバリ候の娘、フロイライン・マルグリットの名前を名乗っていてねえ。ひょっとしたら、あの田舎貴族のことを調べ上げていたのかも知れない。だとすると、今も繋がりを持っているか、なんらかの痕跡を残している可能性もある。……実はね、これまでも何人かの貴族を送ったりしたんだ。でもね、みんな、田舎を嫌って早々に帰ってきたんだよ。どうだい、やってみないかい?」
 エスビョルンは、ストランドのことは、詳しく知りません。辺境の名にふさわしく、領民は三百人を切るといいます。職工組合(ギルド)は独立のものはなく隣街と共同、酒場は一軒だけ、娼館(しょうかん)に至っては、丸一日かけた先にある街に行かないと、存在しないといいます。
 にもかかわらず、そこには教区教会があるといいます。ストランドバリ候は篤い信仰心の持ち主で、ここに封じられた時に、わざわざ私費を投じて教皇庁に依頼し、司教の手配をしてもらったそうです。
 冗談ではありません。そのような、ちっとも面白くない街に行くなど、願い下げです。ただ、噂にフロイライン・マルグリットは、かなりの美形だとか。会ってみたくはあります。
「ブレンバリ候」
 と、王妃がいやらしい笑みを浮かべます。
 この女は今から十年ほど前に亡き先の王妃の後添えとして入ってきました。素性については「十五年前にあった、北方の平原に住んでいる、異民族討伐の時に、功績のあった者」とだけ、伝えられましたが、事実上、素性不明、はっきり言って正体不明のあやしい女でした。
 それに……。


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