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作品名:歪で歪んだ物語。 作者:ジン 竜珠

第64回   北風と太陽の物語。4
 青年の表情には、揺るぎない信念がみなぎっているように、ランヒルドには思えました。
 その言葉に、少しだけ沈痛な表情を浮かべ、アイソポスは言いました。
「私も、それは否定しません。では、その『死んだ方がいい』者を、誰かが殺したとします。その『誰か』の心に『傷』は、残りませんか? もし残らないとしたら、その『誰か』は、誰でも殺す。そうは、なりませんか? その『誰か』は、決して正義の断行者(だんこうしゃ)ではない。ただの殺戮者(さつりくしゃ)です!」
 青年の表情が少しだけ、歪んだように見えました。女は黙ってやりとりを聞いていましたが、ここに来て、少しだけ眉を曇らせました。
「その『誰か』は、人の死に頓着(とんじゃく)しない。今日、『ある人』の恨みを晴らし、明日、『別の人』に請われるまま、先の『ある人』を殺すことを、厭(いと)わない。それが、神の御心に適(かな)うことだと、あなたは思いますか?」
 何やら痛みを感じたような表情になって、青年は聞きました。
「だから、『悪党』と呼ばれる人でも治す、と?」
 青年の表情からは、納得がいかないような、今ひとつ理解できないような、そんな消化不良の感を抱えているのがわかります。
「ええ。それが『医者』というものです。先ほどの話を聞いていたのなら、おわかりでしょう。医者が戦うのは、病気と、であって、『人格』ではない。もっといえば、『病』と本当に戦うのは、患者自身なんです」
 青年が反芻(はんすう)するように言いました。
「つまり、『悪』を克服するのは、本人自身である、と?」
 複雑な笑みで、アイソポスは言います。
「『誰か』が『誰か』の『悪』を克服させることは出来ない。理想論であることは、私も重々、承知しています。……偉そうに言いましたが、私も昔は、随分と人を殺しました」
 青年が訝しげに問います。
「それは『患者を死なせた』、ということですか?」
 少し考え、
「……ええ、そうですね。そのように思っていただいて結構です」
 とアイソポスは、微妙な笑みを浮かべました。

 帰り際、女は青年を外に待たせ、ランヒルドに言いました。
「すぐには、わからなかったわ、ランヒルド」
「……そうね。奥歯を抜くだけでも、印象変わるから。それに、あの頃より『ちょっとだけ』太ったし」
「そう」と応え、女は、机で何か書き物をしているアイソポスを見てから、柔らかい笑顔で言いました。
「想い、叶うといいわね」
「わかってた?」と恥ずかしそうに小さく言ってから、ランヒルドも「そっちもね」と、微笑みました。


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