昼なお暗い森の中です、簡単に、食べられるキノコや木の実が見つかるわけはなく、二人して「見つからないね」と、溜息をつくだけです。 やがて、夕暮れになったようです。ですが、お母さんは、一向に迎えに来ません。 グレーテルが「お母さぁん」と、泣き始めました。もう認めざるを得ません。自分たちは、両親に捨てられたのです。 ですが、それを糾弾するのはあとです。ヘンゼルはグレーテルに言いました。 「大丈夫だよ、グレーテル。こんなこともあろうかと、目印を用意しておいたんだ」 そして、来る途中で落としておいた、白い石を探し、拾いながら森の中を歩き始めました。途中、グレーテルが「ヘンゼルはどうして、こんなに用意がいいの?」と聞いてきましたが、「備えあれば、憂いなしさ」と言うにとどめました。 妹に、両親の腐りきった暗黒面を教える訳にはいきません。それを知り、受け止めるには、グレーテルはまだまだ幼いのです。
家にたどり着くと、お父さんもお母さんも、まるで森から来た幽鬼王(エールケニッヒ)を見ているかのように、口をぱくぱくさせています。 無邪気に「ただいま」と笑顔を弾けさせているグレーテルの隣で、ヘンゼルは、密かに両親を睨んでいました。
翌日のことです。 二人は、またお母さんに森の奥まで連れて行かれました。 そして例によって、置き去りにされたのです。 ですが、今日も、ヘンゼルは白い石を落としていました。なので、それを辿ろうとしたのですが、どうも変です。すぐ傍にあるはずの白い石が、どこにもないのです。しばらく辺りを探し回って、彼は思い至りました。 「……そうか、気づかれたんだ!!」 おそらく前日も、お母さんは、白い石は目にしていたでしょう。ですが、たいして気にしていなかったのです。 そして、今日も、また白い石を見た。その瞬間、お母さんの頭の中で「無事に子どもたちが帰って来た」ことと「白い石が、点在していた」ことが、繋がったに違いありません。 この白い石を目印にして、家にたどり着いたのか。 お母さんは、そのように思い、おそらく忌々しげに、石を拾いながら帰ったに違いないのです。 「グヌッ!」 歯ぎしりをしながら、ヘンゼルは空を仰ぎます。しかし、木々の屋根が、星空さえ、塞いでいます。 「ねえ、ヘンゼル。どうしよう?」 不安げな瞳で、グレーテルがヘンゼルを見上げます。ここにこうしていたのでは、森に住む、どう猛な野獣に、食い殺されるかも知れません。今夜は、野獣の姿を警戒できる、ある程度、ひらけた場所へ移動して、野営するほかないでしょう。朝になって明るくなってから、これからのことを考えた方が良さそうです。 そう思って、ヘンゼルはグレーテルの手を引き、歩き始めました。そして、どれほど歩いたでしょう。遠くから、明かりが近づいてきます。一瞬警戒しましたが、その明かりの主は、ランプを手に提げた老婆でした。 「おや、こんなところで、子どもたちが、何をしているんだい?」 優しげな笑顔で、老婆が言います。その表情に安堵できる何かを感じ、ヘンゼルは事情を話しました。 それを聞き、老婆は、哀しげな表情で言いました。 「そうかいそうかい。たいへんだったねえ。どうだね、今夜はうちで休んでいかないかい?」 グレーテルの表情が輝きます。ヘンゼルも、歩き疲れていたので、老婆の家に行きました。
|
|