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作品名:歪で歪んだ物語。 作者:ジン 竜珠

第59回   人魚姫の物語。7
 翌朝。
 ヨセフィンが裏庭で散歩をしていました。
 しかし、あるところに来たときです。
「? なにかしら、ここの地面……ううん、この辺り一帯、ぬかるんでる。まるで誰かが、大量の水を撒いたみたい」
 しゃがんで草にさわります。朝露を遙かに超えた、湿り具合です。試しにその水を舐めてみました。
「……しょっぱい。塩水だわ。どうして塩水が……?」
 首を傾げていると、建物の影から人影が滲(にじ)み出るようにして、現れてきました。
 その人物は、不思議な服を着ています。たとえるなら、体に密着した鎧兜(よろいかぶと)でしょうか?
 人物は、一瞬にして、ヨセフィンの前に現れました。そして、一言。
「裏切り者は、粛清する」
 その言葉で、ヨセフィンはこの人物が、エージェントの間で噂になっている「粛清者(エンフォーサー)」であることを知りました。彼ら「粛清者(エンフォーサー)」は、エージェントのような探索技術や処世術、なにかの偽造技術といったものは持っていませんが、代わりに徹底して殺人術を磨いているといわれ、ある噂では、拳(こぶし)の一撃で、相手を絶命せしめる、とまでいわれています。
 もちろん、すべては噂の範ちゅうを出ません。ですが、今こうしてその姿を目にすると、噂は本当だったのではないか、とさえ思えてくるのです。
 そして、その声でヨセフィンは気づきました。
「その声……。あなたが『粛清者(アンデルセン)』だったのね……!」
 男が言いました。
「そっちの方の名前を知っているか。なるほど、噂の伝わる経路が見えて、面白いな」
「え? どういうこと?」
 男の言う意味がわかりません。ヨセフィンが口にした疑問に、粛清者が答えました。
「『粛清者(エンフォーサー)』の噂は、組織のトップが流した。お前たち、エージェントの引き締めのために。そして、流す経路と内容を決めた。お前たちの『横の繋がり』を監視するために」
 その瞬間、ヨセフィンは、しょせん、自分たちは組織の掌(てのひら)の上で踊らされていたのだということを知りました。
「冥土の土産に、教えておいてやる。私には、もう一つ、名前がある。『グリム』という」
 男が拳を構えます。ヨセフィンは、闘うことにしました。彼女には、特別な技能があるのです。
 右手の指を、男の目の前で弾いて鳴らし、相手の、兜の奥にある、目を見ながら言いました。
「私を見なさい」
 そして、再び、男の目の前で、指を弾きます。これで、相手は軽い催眠状態になり、あとは、指の動きと目の動き、そして声で本格的に……。
「お前の技能(スキル)は、研究済みだ」
 言うが早いか、男が間合いを詰め、左手でしっかりと、ヨセフィンの右肩を掴みました。それがどんな効果を持つのか、右腕の痛みで、全身さえ硬直します。
「お前の『催眠技能』は、『組織一』『魔女の如き』、といわれているが、それは指と声音(こわね)、お前の目の動きが合わさってのもの。どれか一つでも欠ければ、効果はない」
 そして、男が自身の右手で兜を、上にズラしました。目をおおうように、黒い布があります。
「え? 目隠し? でも、今の動きは……!?」
 男の動きは、目隠しをしているようなものではありませんでした。
「十ジャーマンエル(約四メートル)歩くのに、お前が何歩を費やすか、五つ数える間に、お前が何歩歩くか、私は覚えている。お前だけではない。ミッションを依頼するエージェントのことは、細大漏らさず、把握している。そして、私は今、ここでそれを数えていた。足音がどの方向から、どのくらいの距離で聞こえてきたかも合わせて、お前の来る位置を予測した」
 兜を降ろし、男が再び、拳を構えます。
「最大の敵は、王権ではなく、権力という美酒に狂わされる、心の弱さか」
 拳が胸に撃ち込まれる刹那(せつな)、男が呟いたように思えました。
 それは「アルフリーダ」と言ったようでした。


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