三日後の昼。 ヨセフィンは王妃の訪問を受け、質問されました。 「ねえ、ヨセフィン。あんた、あの街に来る前は、隣国の、あの山にある村に住んでたんだってねえ」 「え、ええ……。それが、なにか?」 まずいことになったと思いましたが、ここは、そらとぼけることにしました。 「人を遣(や)って、調べさせたのさ。仮にも、王家に迎え入れようってんだからねえ」 これは、知られてしまったかも知れない。 「あの村であんたは、南にある町から来たって言ったそうじゃないか。で、その町へ行ったら、その北にある村から来たっていう。で、その村で聞いたら」 王妃が、ずい、と顔を近づけました。 「最初の村から来たって、ことだったそうだ。おかしいねえ、二つの村と一つの町、その間で、ぐるっと回っちまってる。あんた、ほんとは、どこの生まれなんだい?」 誤算でした。北の村に来た時、山の村から来たと言ったのですが、その後、あるミッションののちに、本当にその山の村に住むことになってしまったのです。体を壊してしまい、腕のいい医者がその近くにいるから、という組織の配慮でしたが、それが裏目に出てしまいました。隣国のことでもあり、まさか逆追跡されることもないだろうと、この街に来たときに山の村の名前を出したのも、失敗でした。 王妃が蛇のように陰湿に、鷹のように鋭い目でヨセフィンを見ます。 さらに王妃は言いました。 「おまけに、おもしろいこともわかった。あの街の執政参与、女好きでねえ。あんたぐらいの娘に手を出してないはずはないのに、あんたのことをなんとも思ってないみたいだった。で、いろいろと調べたのさ。参与は確かにあんたを屋敷に招き入れてる。好色な顔と仕草でねえ。なのに、しばらくしたら、なんでもなかったように、あんたを街へ帰してる」 ここは、自分の「技能(スキル)」を使った方がいいかも知れない。そう思ったときでした。 「これは私の推測さ。あんた、苦労したんだろ?」 言葉が胸に突き刺さり、一瞬、鳥肌が立ちました。 「よくわからないけど、あんた、うまいこと、あの参与をまるめこんだ。どんな手を使ったかは知らないよ。でも、あの参与が諦めるほどの、何かがあった。それは、とてつもない交渉術だ。辛い暮らしの中で、培ったんだろう、その技術。王家には、必要な技能(スキル)さ。どうだい、その技能、私たちのために生かす気はないかい?」 心が揺れました。 王妃の言う通りにすれば、自分はここで贅沢な暮らしが出来る。それに。 彼女は、前回のミッションで、毒を飲みました。大勢の人間を信じさせるために、飲まざるを得なかったのです。 「錬金術で精製した、万病を癒(い)やす秘薬(エリクシル)」という謳い文句でしたが、その実、水銀そのものでした。少量でしたが、確実に彼女の体を蝕んでいたのです。今でこそ、症状は治まっていますが、時折、嘔吐感や倦怠感、発熱に襲われます。それに、わずかですが、左腕に麻痺のようなものが残っていました。山の村に来たばかりの頃は、精神錯乱に近い状態になったことさえ、あります。 もはや、神の秘蹟(サクラメント)に頼るほかはない、と思っていましたが、王家の庇護(ひご)があれば、もしかしたら名医に出会えて、治せるかも知れない。 そんな期待が胸にわき起こりました。
その夜。 窓を開け、月の輝く夜空を眺めていたヨセフィンは、あの小瓶を取り出しました。 王家の信頼を勝ち取るために、もしかしたら、自分は組織のことを話すかも知れない。そうならないためには、この薬で喉を潰すしかないのだろう。しかし、そんなことをすれば自分の技能は使えない。 それに。 夜伽(よとぎ)の時に、「声」で王子を悦(よろこ)ばせることができなくなる。 しばらく置いて、ヨセフィンは小瓶を遠くに投げました。 そして、一つ息を吐き、窓を閉めました。 どこかでフクロウが鳴いているのを聞きながら。
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