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作品名:歪で歪んだ物語。 作者:ジン 竜珠

第57回   人魚姫の物語。5
 翌朝、ヨセフィンはいつものように教会へ行って、お祈りを捧げました。一つは、自身の体が、少しでも健康体に復するように。そして。
 もう一つ、お祈りをしました。
 それは彼女の、女の子としての想いだったのかも知れません。

 十四日後、ヨセフィンは王宮へと迎え入れられました。居並ぶ貴族たちが、恭しくお辞儀をします。まるで「すでに后となっている」かのようです。普段は平民を見下している貴族どもが、この自分に頭を下げている。おそらく内心では怒りや嘲りといった感情が渦巻いているのでしょうが、表向きは平身低頭の体(てい)です。一瞬にして、ヨセフィンは夢見心地になりました。
 思えば、組織に連れて来られて以来、苦しい生活でした。組織の「上」に上がることが出来れば、いい暮らしが出来るといいますが、それは、幻想だけでしかないと、思えるのです。組織は、結局、自分たちエージェントを使い捨てにしているだけではないか、そんな風に思うことも、珍しくありません。
 王子の后になれば、いい思いが出来るのです。うまくすれば、本当の意味で、貴族どもすら屈服させることさえ出来るかも知れません。おまけに、足首まで沈みそうな絨毯(じゅうたん)に、目もくらむばかりのきらびやかな調度品の数々!
 しかし、二日前に王都に到着したときに、教育係についた女官たちから、さまざまな「しつけ」をされていました。
 いわく「物珍しそうに、きょろきょろせず、前を向いて歩け」「一歩の歩幅は寸分狂わせるな」「笑うな」「息をしているかのように、胸を動かすな」。
 なので、それを忠実に守り、彼女は王妃の前まで進み出ました。玉座の階(きざはし)の下まで行き、教わった通りの作法で、頭を下げます。
 かくして謁見と披露目の儀を終え、ヨセフィンは自分に与えられた、三階にある部屋へと行きました。
 見たこともない豪華な部屋です。この部屋だけで、自分が住んでいた、あの街の家、いえ、小屋が十軒は入りそうです。今夜のところは王侯貴族気分を味わい、任務は明日からにしよう。
 そう思い、ヨセフィンは化粧台の前に座って、思わず、笑みを浮かべました。鏡に映るのは、ヨセフィンでしたが、別の誰かのように見えました。
 それが、まるで己の醜い心を映しだした、いやらしい笑いを張りつけた魔物に見えましたが、一瞬のことだったので、見間違いだと思うことにしました。


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