王子が、執政参与の迎賓館で、参与に問いました。 「ところで、僕を助けてくれたという、女の子はどこに?」 参与が答えます。 「ああ、あのような下賤(げせん)の輩を、ここへ近づけるわけにはいきませぬからなあ」 「そうですか。ですが、一言、お礼が言いたいのですが?」 「王子がわざわざ、そのようなことをなさらずとも、小官(しょうかん)めがお伝えしておきます」 手を揉みながら、媚びたような笑いで参与が言います。ここで、ごり押しして「その女の子に会わせろ」というのも変ですし、さしたる興味も湧きません。なので。 「そうですか。では、お願いします」 とだけ、言いましたが。ふと思い立ち、言ってみました。 「ところで、その女の子というのは、どのような子ですか?」 なんとなく、聞いてみました。 参与は、首を傾げてから言いました。 「さあ……。小官からしてみれば、たいした娘ではございませんなあ」 噂に、この街の参与は非常な女好きで、美女・美少女とみると、必ず声をかけ、場合によっては妾(めかけ)にするといいます。その審美眼も、美しければ誰でも良いというわけでもないといいます。その表情から見る限りでは、参与は、本当にその娘を歯牙にかけていないようでした。 なので、王子も、その女の子への興味は、そこまででした。
十日後の昼前。王都から、迎えの一団がやって来ました。 王子は、この街を去る前に、お礼のために、迎えに来た侍従を連れ、教会へとやってきました。この街は大教区の一つであり、教区教会はこの近隣でも指折りの立派なものです。王子が迎賓館に逗留している間、毎日、教区教会の司教がやってきて、王子に聖餐(せいさん)式を執り行ってくれました。いくら義務とはいえ、そのお礼は言わねばなりません。 教区教会へとやってきて、一通り、お礼を述べて教会を出ると、ふと、道を挟んだ区画にある修道院が目に入りました。昼前の労働を終えたところでしょうか、修道女の一団が、歩いて、修道院に入っていきます。 ふと、その中に、平民の少女がいるのが目につきました。 遠目にも分かる美少女です。それに、カゴを抱えているのがなんとなく目にとまりました。王子は傍にいる司教に聞きます。 「あの娘は?」 「ああ、あの娘ですか。街の酒場で働いておる娘でしてなあ。気立ても良く、働き者。ああやって、市場(いちば)の野菜などを、一緒に運んでくれるのです。助かっておりますよ。……そういえば、王子をお助け申し上げたのも、あの娘ですぞ?」 思わず、王子は、司教の顔を見ました。司教は驚いているようですが、構わず、王子は言いました。 「本当か、それは?」 司教は頷きます。嘘を言っているようには見えません。 王子は改めて娘の方を見ました。すでに娘は修道院へと入っていました。 参与は「たいしたことのない娘」のように言っていました。が、なかなかどうして、いい器量の娘です。王子は、修道院へと向かいました。
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