昔々、海辺の街でのことです。この街のはずれに、一人の少女が、たった一人で住んでいました。彼女の名前は、今に伝わっていません。なので、ヨセフィンと呼びます。 ヨセフィンは、二年前、隣国の山奥にある、小さな村から流れてきました。この街では、魚料理を商う小さな酒場で働いていました。器量も気立ても良いので男たちからの評判は上々でした。しかし、誰が誘っても、時に、海に生きる荒くれが、強引な態度に出ても、ヨセフィンは、なびきません。この街の執政(しっせい)参与(さんよ)が誘いをかけたときでさえ、彼女は断ったのです。 普通、身分の卑しい者がそのような真似をすれば、ただではすまないのですが、なぜか彼女は、そのまま普通に、街で暮らしていけました。なので、人々はいつともなく、噂するようになりました。 「ヨセフィンは、権力さえ恐れず、はねつける力を持っている。もしや、人間ではないのではないか? 魔力かなにかで、参与の気持ちをねじ曲げたに違いない」 中には不気味に思う者もいましたが、それでも多くの男は、ヨセフィンのことを狙っていたのです。
それは、前日の夕方から続いていた嵐が、ようやくおさまった、静かな朝のことでした。いつものように浜辺を散歩していたヨセフィンは、打ち上げられている何かを見つけました。 もしや、人では? そう思い、彼女は急いで駆け寄りました。生きているのなら、助けねば。彼女の中にあるのは、その思いだけです。 近づいてみると、着ている服から見て、どうやらやんごとない身分の若者。 ヨセフィンは自分の、右手中指の先を少し舐めて湿らせ、若者の顔……その鼻先に、近づけました。かすかですが、風の流れで、指先の濡れたところに風を感じました。 まだ息がある! この若者が何者かは分かりませんが、今なら助けられる。そう思い、ヨセフィンは、介抱を始めました。 マウストゥマウス、心臓マッサージ。これを繰り返し、やがて、若者が目を開けました。 「大丈夫ですか?」 ヨセフィンは、囁くように、若者に語りかけました。しかし、若者の意識は、今ひとつ、しっかりしていないようです。 自分一人で若者を担ぎ、街へ戻るのは難しい。ヨセフィンは助けを呼びに、街へ戻りました。 助けた若者は、なんと、この国の王子でした。海を越えた国へ旅行に行った帰り、急な嵐に巻き込まれ、海に投げ出されてしまったとのことでした。
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