青年は、ハーメルンを見下ろす小高い丘の上にいました。そろそろ、夕方。夕餉の支度をする頃です。 見ていると、突然、ある家で、火の手が上がりました。そして、その火が、まるで油で道が作ってあったかのように地を這い、他の家に燃え移ります。みるみるうちに、街の一角が火に包まれていきました。 さらに、小麦粉を保存する小屋が爆発しました。あの小屋には、ある「仕掛け」が施してありました。小麦粉が入った袋を天井から吊し、その縄が燃え落ちると、粉がぶちまけられ、舞い上がります。その粉が、火の粉によって、粉塵爆発を起こしたのです。 その爆発が、さらに新たな火種となりました。家と家の間には、まるで計算していたような間隔で、ワラや木ぎれで「道」が作ってあり、家や人々を炎の中に閉じ込めます。 半刻(はんとき)ほどして、少年と少女が丘を上がってきました。 「ご苦労様」 青年は、二人に言いました。二人は、着火、及び、油を引いて、火の道を作る作業を、先刻までしていたのです。事前に密かに様々な仕掛けをしていたので、大火災となりました。 夕闇の中、赤く染まる街を見ながら青年は言いました。 「こんなことなら、報酬を払っておけばよかった。そんな風に後悔してるんでしょうかねえ。……してもらわないと、やった意味がないんですが」 少年が言いました。 「いっつも思うけど、お前ってば、ホンット、やる事エグいよな!」 少女も言いました。 「あの分じゃ、百二〜百三十人ぐらいは、死ぬんじゃないかしら?」 「約束は守るべき。子どもでも知ってることでしょう? 罰ですよ」 少年と少女が顔を見合わせ、深い溜息をつきます。そして、少女が言いました。 「ていうかさ! あんた、なんでいっつも、ゲテモノ、注文すンの!? 宿の人とか、パブの人とか、微妙な表情であたしの顔、見てくんだけど!? あたし、子羊の血を練り込んだプディングなんて、食べないってば!!」 「あれ? この間、お話ししませんでしたっけ? ああいう『演出』をしとけば、我々は『悪魔崇拝者(サタニスト)』か、『異教徒(ペイガン)』に思われて、宿代(やどだい)がないときでも、踏み倒せるじゃないですか。触らぬ神に祟りなしってことで」 少年が、痛むのか、頭に手を当てます。 「志(こころざし)、低いなあ……」 「とにかく。行きますよ」 そう言って、街に背を向けたとき。 行く手には、一人の娘がいました。あの発火能力(パイロキネシス)の娘です。 「お忘れですか? 私は、もうあなた方のものです」 そして娘が恭(うやうや)しくお辞儀をします。 それを見て、青年は言いました。 「……なるほど。街を見限った、ということですね?」 「さあ? 私は、単なる『報酬』ですから、難しいことは考えません」 そして、意味深な微笑みを浮かべます。 「……。気に入りました。あなたの『能力』は、我々の役に立ちます。ついてきてください」 その言葉に、娘がまた頭を下げます。 「お名前、聞いてませんでしたね」 「いくつかの街や村で、別々の名前でしたが、生まれた街ではアンネ・マリーという名前でした。年は、多分、十五です。生まれた街では、マッチ売りをしていました」 「そうですか。では、こちらも自己紹介を」 と、青年は少年を差します。 「彼はヘンゼル」 そして、少女を差します。 「彼女はグレーテル」 アンネは二人に頭を下げます。 「二人は兄妹です。そして僕は」 と、青年は眼鏡のブリッジを右手の中指で押し上げて言いました。 「ジャック・ビーンズ=ヴァイン。もちろん、本名じゃありません」 そして四人は燃えさかるハーメルンの街を後(あと)にして、歩いて行きました。
(ハーメルンの笛吹き男の物語。・了)
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