翌朝、使者が宿で死んでいるのが、名主の元に伝えられました。 集会所に、前日のメンバーが集まり、そこに例の青年もいました。 「リン化亜鉛を、スパイスたっぷりのスープに入れてやりました。リン化亜鉛は、胃酸と反応して、毒ガスを生成します。嘔吐を繰り返し、意識を失い、やがて死に至る。リン化亜鉛って、殺鼠(さっそ)剤に含まれてるんです。街を食い荒らす鼠(ネズミ)には、ふさわしい最期でしょ?」 使者が死んだことを、笑顔で嬉しそうに話す青年を見て、名主は「やはり、この男は人間ではない」と思いつつ、言いました。 「わかった。あんたに頼もう。で、報酬なんだが……」 と、名主は、金額を言いました。もっと多くのお金が出せますが、こんな得体の知れない青年に大金を払うなど、そんな馬鹿なことが出来るわけはありません。 青年は、大げさに首を振り、溜息交じりに言いました。 「困りましたねえ。こちらは、慈善家じゃないんです。今時、教会だって、それっぽっちじゃ、まともなお葬式、出してくれませんよ?」 そして、青年が金額を言います。この場にいる誰もが仰天しました。誰かが「ふざけるな!」と叫びます。 名主も、青年を睨んで言います。 「おい、いい気になるなよ、若造?」 青年が、口元を歪めます。それは、人間が浮かべる笑みではないように思えて、名主……いえ、おそらく、ここにいる者全員の背筋が冷えました。 「そうですか。ならば、こちらに向かっている徴税官に、お伝えしてもいいんですよ? 『実は、この街の者に脅されて、お使者の方(かた)を殺しました』と」 「小僧!!」 と、ある大男がすごみました。そして、近づき、青年のえり元をねじり上げようとした瞬間! 何が起きたのでしょう。大男が、宙を舞い、床にたたきつけられ、さらに青年によってその胸板が踏みつけにされていました。 大男が、血を吐きます。 「さあ、どうしますか?」 涼しい顔で青年が言います。一瞬、体が震えましたが、よく考えれば、こちらは三十人近い多勢です。みんなで袋だたきにすれば……。 「言っておきますけど。僕には、旅のツレがいます。時間までに『ある場所』まで戻らないと、『お恐れながら』と、徴税官殿にお伝えする手はずを整えてあるんですが?」 その言葉に「野兎と人参亭」の主人が「確かに、こいつにはツレがいる」と言いました。 ハッタリかも知れませんが、本当かも知れません。そもそも、使者を殺す手際の良さ、罪悪感の欠如を考えたら、こいつは、間違いなくカタギのものではありません。 「……わかった。ちゃんと報酬は払う。だが、その額は、勘弁してくれ」 「いろいろと物入りなんです」 「そこをなんとか……」
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