「なんとか、って?」 「僕なら、街から街へ、国から国への気ままな旅暮らし。いいかえれば、ここの皆様と、直接の利害関係はない。だから、僕がその徴税官を『痛めつけ』ても、僕の心は痛まない。それに、身軽ですから、すぐにでもこの街を出て行けばいい。何か言われたら、流れ者がやった、と言えばいい。僕は、それなりに『お尋ね者』ですから、人相風体から、すぐに僕のことだと分かって、あなたたちが責められることはありません」 その言葉に、名主の心が少し動きました。 ここで、徴税官に「なにか」あって、別の者に交替すれば、少しはマシになるかも知れない。 「……あんたに、そんなことができるのか?」 旅人がいきなり「何かする」、と言っても、信用できるものではありません。 青年は、シニカルな笑みを浮かべました。 「失礼ながら、先ほどからお話を聞かせていただいておりました。お話では、徴税官の先触れが来ているとか。そいつを『懲らしめて』ご覧に入れますよ」 誰かが言いました。 「やってもらおうぜ、名主さん! 徴税官どもは、この街を食い荒らす、ネズミも同然だ!」 その声に、次々に賛同の声が上がります。 少し考え。 「お手並み拝見といこうか」 そう応えて、名主は使者が逗留している宿を教えました。その宿の主(あるじ)が同席していたので、詳細を伝えます。 それを聞き、青年は頷きました。そして、辺りを見回します。 「すみません、『野兎(のうさぎ)と人参亭』のご主人は、いらっしゃいますか?」 青年の言葉に、五十(ごじゅう)絡(がら)みの赤毛の男が進み出ました。 「俺だが。あんた、俺の宿に泊まってるんだね?」 「ええ。少々、お願いがあるのですが」 「なんだね? 言うだけ言ってみな。出来るかどうかは、聞いてみねえとわからねえが?」 その言葉に、青年が笑顔を浮かべます。 「たいしたことではありません。夕餉(ゆうげ)にプディングを出していただきたいんです」 「なんだ、そんなことか。それなら、うちの嬶(コック)に……」 「いえいえ」 と、青年は苦笑いを浮かべます。 「是非、ご主人のお許しがいただきたいんです」 「ほう? なんだい、言ってみな?」 青年が、また微笑みます。 「プディングには、子羊の血を練り込んでいただきたいんです。……ツレが、好物でして。ほら、いろいろと準備が必要でしょう? 子羊の代金はご請求ください。お支払いいたしますので」 その笑みが、この世のものではないような気がして、名主は、背筋が凍る覚えがしたのでした。
|
|