少女は、朝からの雨が止んで、すっかりと晴れたその日の昼下がりも、森の中にある一軒の小屋を訪れました。 「来たわよ、お姉さん」 「ああ、いつもすまないわねえ、フレドリカ」 寝台(ベッド)に横たわっていた女が、上半身を起こしました。女の年齢は、三十半ばでしょうか。しかし、病(やまい)にやつれて、もっと年かさに思えました。それに健康であったなら、その美しさは輝くばかりであったでしょう。 「気にしないで」 笑顔で答えると、少女……フレドリカは、家の中に入り、テーブルの上に、バスケットを置きました。 「今日は、パンとソーセージを持って来たわ。そろそろスープ以外のものも食べられるでしょ?」 寝台の女が頷きます。 「待ってて、今、スープ、作るから」 フレドリカは、鍋の中に切った野菜と羊の肉、塩とスパイス、ハーブを入れました。水を入れ、それを竈(かまど)にかけます。火を起こし、フレドリカは言いました。 「ねえ、この間のお話の続き、聞かせて?」 少女の顔に浮かんでいるのは、十五の娘が持つ、好奇心であったことでしょう。 女は、弱々しい笑みを浮かべて言いました。 「どこまで、話したかしら?」 「グレート・ブリテン島の、ある街で踊り子をやってて、ある金持ちに取り入って結婚した、ってところまで」 「ああ、そうだったわね」 そして、女は懐かしむように天井を眺め、長いけれど艶のない髪を指ですく仕草をして、話し始めました。 「暮らしは悪くなかった。でも、籠の中の鳥だったの。外出は亭主と一緒の時だけ、許された。四階にある、わたしの部屋の戸には、外から鍵がかけられていることさえ、あったわ。メイドが三人ほどいて、家事や炊事はしなくてよかったけど、でも三人には、わたしを監視する、という役目もあったの。だんだん、窮屈になっていったわ。……皮肉なものね、あれほど焦がれた上流の生活が、わたしにとって、牢獄でしかなくなって。気がつくと、苦しいけれど、自由だった生活を懐かしむようになっていたの」 ふう、と溜息をつき、女はフレドリカを見ました。 「それでね、わたし、ある日、冒険をしたの」 「冒険?」 「ええ。シーツを何枚も結び合わせて、紐を作って、それを伝って、下へ降りたの。亭主が仕事で出かけるのは、昼。だから、昼間、メイドがわたしのことを確認に来たあとの、一刻(いっとき)(約二時間)ほどが、わたしに許された冒険の時間。でも、ある日のこと、それを、亭主の知り人に見られてしまった。わたし、一瞬、諦めたわ」 女はいったん、息を吐きます。 「でもね? 運が良かった。その知り人、前からわたしに色目を使っている男だったの。それで、一度だけ、わたしのことを抱かせてやって、口止めしたわ」 「そうなんだ……」 フレドリカが相づちを打つと、女は続けました。 「でもね? やっぱり危険なことは出来ないって思って、その日から、窓から下へ降りるのは、やめたわ。そんなある日のことよ、あの子を見かけたのは」 女の表情に、明るい色が浮かびました。 「あの日、何気なく下の通りを見ていたら、一人の男の子が遠くから歩いてくるのが、見えたの。十六歳ぐらいだったわ。一目見て、わたしが昔、過ごしていた『階層』の住人だって分かった。それに、わたし好みの美少年だったの。だから、わたし……」 その時、スープが煮えたようです。いったん話を区切り、フレドリカは皿にスープを注(つ)いで、女にパンとソーセージを添えて差し出しました。
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